第三百十二話 皇宮の噂話(1)
楽しい時間はあっという間に過ぎるというが、アドリアンは正直ものすごく長い時間が経ったようにも感じたし、小島の
「おーい、小公爵」
ボーッとなっているアドリアンに、アレクサンテリが声をかける。
アドリアンは我に返ると、魂が抜けたようになった自分の姿をアレクサンテリに見られたことが、ひどくきまり悪く思えた。
「な、なんでしょうか?」
あわてて取り繕って答えるアドリアンを、アレクサンテリは半笑いで見つめる。
「まったく、わかりやすすぎるよ、小公爵。君が姉上のことが大層好きだというのはわかったけどね、
「そ、そんなこと…当然でしょう! わかってます!!」
「どうだかねー。君もあのグレヴィリウス公爵の息子だからなー。お父君同様、好きになったら、どうなることだかねー?」
父母のことに触れられて、アドリアンは急にムッと押し黙った。
機嫌の悪くなったアドリアンを見て、アレクサンテリは薄ら笑むと、水面に浮かぶ花を見ながら話を続けた。
「当代の
なんとなく、アレクサンテリが嫌な方向に話を持っていこうとしている気がして、アドリアンは、顔をしかめたまま黙り込んだ。しかしアレクサンテリは組んだ足に肘をついて、顎を手に乗せながら、特に面白くもなさそうな顔で続ける。
「君も両親のことで色々と悩ましいようだけど、このシェルバリの家系もけっこう面倒な人が多くてねぇ」
シェルバリ、というのは初代皇帝エドヴァルドの元の姓で、代々皇家に継がれた古い姓名だ。
(ちなみに『グランディフォリア』は四代目の皇帝が即位したときに、初代
そんな由緒ある名前を、まるで
「殿下。お立場を
「わかってるよ。だから言う相手は選んでるんじゃないか。僕も、君を信頼しているんだよ、ア・ド・ル」
ニンマリとアレクサンテリが笑うのを、アドリアンは仏頂面で見つめた。
絶対に、ワザと言っている。
「アドル」と。
公爵家においてはオヅマ以外、誰も言うことのないアドリアンの愛称を。
アレクサンテリはアドリアンが不機嫌になるのが、楽しいらしかった。嬉しそうに「フフ~ン」と鼻歌を歌いながら、ユラユラと体を揺らせて、わざとに小舟を不安定にさせる。それでも水夫は慣れたもので、上手に
アレクサンテリの体がようやく止まると、今度は口が
「君のお父上は突発的にあぁなったのかもしれないけど、
僕の
アレクサンテリは同意を求めてくるが、当然アドリアンは頷かなかった。
「………皇帝陛下のなさることですので、僕から申し上げることはございません」
しかつめらしく返事すると、アレクサンテリはつまらなそうにため息をついた。
「ま、そういうことだから。
「殿下!」
さすがにアドリアンは強く非難した。
たとえアレクサンテリが皇太子であろうと、いや皇太子であるならば、自分が
しかしアレクサンテリは、相変わらずニヤニヤと腕を組んで笑っていた。
「おお、怒ってる。怒ってる。いいね。これが、喧嘩ってやつ? 信頼ってこういうことだよね?」
「フザケたことを言ってないで、口を慎んでください。恐れ多くも国を守護するために、毎日祈ってくださっている神女姫様に向かって……」
「なーにを。さっき、姉上だって言ってたじゃないか。暇だって。あんな湖の上にぽつーんと浮かんだ神殿で祈ってようが、祈ってまいが、だぁれも知らないさ。口を慎むゥ? なーにを言ってるんだか。皇宮にはあいにく、つつしみのない人間しかいないよ。僕以外は」
「誰が……」
アドリアンはいよいよ呆れかえり、ため息も隠さなかった。
すると急にアレクサンテリはアドリアンの隣に腰掛けてきて、耳元で囁いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます