第二百九十六話 『夢』の話(3)

「嘘だって、思わないのか?!」


 思わず大声で尋ねると、エラルドジェイは肩をすくめる。


「うーん。まぁ…こういうのってさ、結局のところ俺にとっちゃ、どっちが腑に落ちるかっつーか……要は気持ちよく過ごせるかってことなんだよな。俺は……そりゃ、ちょっと不気味だったよ。教えたはずがないのに、俺の秘名ハーメイを知ってるとか、時々、俺の顔を見てはお前が泣きそうになったりしててさ。だから何故なのか…ってのは知りたかったんだ。で、お前はその理由が夢の中で俺に会ってた、ってことなんだろ?」

「うん…そうだけど……信じられるのか?」

「嘘なのか?」

「嘘じゃない! 嘘みたいだって、思うだろうけど…でも、本当に、そうなんだ…」


 オヅマは唇を噛み締めた。

 これ以上、いったいどう言えば信じてもらえるのだろう?

 エラルドジェイは深刻な顔をしたオヅマを見て、フッと微笑んだ。


「俺はお前を信じるよ。だからお前の言うことも信じる。その方が気が楽だし、色々と考えるのも面倒だからな」



 ―――― 考え過ぎなんだよ、お前は。迷ったら、自分の気持ちが楽になる方を選べばいいんだ…



 の中と、同じだった。

 楽観的で、単純で、いつも自分に一番素直であったエラルドジェイ。

 そのあっけらかんとした自信が、にはいつも羨ましくて、頼もしかった。

 けれど今はと変わりないエラルドジェイに、漠とした不安がつきまとう。


「俺を信じて…いつか…危ない目に遭ったらどうするんだよ」

「へぇ…それはお前の夢の中で俺、危ない目に遭ったってことか?」


 たもとにしまっていた胡桃を出して、ゴリゴリと掌の中で遊びながら、エラルドジェイは冗談めかして問うてくる。

 その時オヅマの脳裏には、の中のエラルドジェイの残像がいくつも行き交っていた。今のようにからかって笑うエラルドジェイも、文句ばかりのエラルドジェイも、珍しく真剣な顔のエラルドジェイも、哀しげに微笑みながら倒れてゆくエラルドジェイも。


 あぁ ――――

 どうしては、彼を信じなかったのだろう…?

 どうして彼の言葉を聞こうともしなかったのだろう…?


 そのことについて思い出そうとしても、頭の中で靄がかかったかのようにわからない。鈍く頭痛がしてくる。


「おい!」


 急にエラルドジェイがオヅマの肩を掴み、大声で呼びかけた。オヅマはすぐに我に返った。あれほど戒めたのに、やはり冷静でいられなかったらしい。


「ごめん…」

「お前、なんだか疲れることになってんのなー」

「え?」

「いや、だってお前……今だって、いきなり貴族のお坊っちゃんになったりなんかして、なんかいろいろと大変そうじゃんか。そのうえ、夢のことでも悩んでるとか……なーんか、面倒くさそー」


 いかにも辟易したように言うエラルドジェイに、オヅマは内心苦笑しながらも、ムッとなって言い返す。


「…なんだよ。人が真剣に悩んでるってのに」

「そりゃまた、ご苦労さま。でもな、俺のことに関してなら、あんまり意味ねーぜ」

「……どういうことだよ」

「ルミアのばば様が言った通りさ。俺みたいな奴は、死んだところで地獄に行くのは決まってんだ。だから生きてる間は、せいぜい気楽に生きるのみ~」


 しゃあしゃあとうそぶいて、エラルドジェイは手品師のようにてのひら胡桃くるみをもてあそぶ。一個になったり、二個になったりと思っていたら、掌を裏返して戻すと胡桃は消えていた。驚かないオヅマにエラルドジェイは肩をすくめると、だんだんと小さくなってきた焚き火を見つめながら言った。


「だから、お前が俺のことを心配する必要なんてないんだよ。俺は、いつだって俺が思ったように生きてるさ。たぶんお前の夢の中の俺だって、そうだったろ? それともなにか? お前に『恨んでやる~』っって、死んでいったのか?」


 黙って首を振ると、エラルドジェイはパンパンとやや強くオヅマの肩を叩いた。


「だよな~! たぶん、そうだろうと思った。お前の夢でも、俺、たぶんお気楽者だったんだろうな~」 

「……痛いな」


 小声で文句を言いながら、オヅマは泣きそうになるのを必死でこらえた。

 どうしてこんなにも変わらないんだろう。でも、今も、エラルドジェイはオヅマの欲しい肯定をくれる。

 エラルドジェイはハハハッと笑って、ゴロリと寝転がった。


「そういうことで、今後一切、そういう顔すんのナシな」

「そういう顔?」

「そういう、泣く一歩手前みたいな顔。苦手なんだよ、泣かれるの」

「……泣くか」

「泣いてただろーが。最初」

「うるさい」


 オヅマはムッとしながら、小さくなってきた焚き火に、残りの小枝を放り入れる。ブワッとまた火が大きく燃え上がった。


「じゃ、これで貸し借りなしってことで。今後はお互い気楽な付き合いといこうぜ、兄弟!」


 エラルドジェイが一件落着とばかりに言うので、オヅマはしばし考えた。


「今回のことは、稽古してもらったからいいとして。レーゲンブルトでマリー達を誘拐したのは、まだ貸しだろ」

「えぇ? そんなこと言われても、あれ仕事なんだけど?」

「……仕事はともかく、そのあと騎士団に黙ってたのは、まだ貸しだ」

「黙っててくれなんて頼んでないだろー」

「俺が黙ってたお陰で逃げおおせて、あのドジな女に金を渡すこともできたんだろ? ついでに言うなら、今でも調査は継続中だ。俺はグレヴィリウスの人間で、いつでも言える立場なんだ。だから今も継続して、俺はお前をかくまってるってことだ」

「うわっ! ズルッ! コイツ…闇稼業の人間相手に、脅迫してやがる。なんつー悪ガキだ」


 ブツブツ文句を言うエラルドジェイに、オヅマはニヤリと笑った。


「言ってろ。貸しはまだ継続中だ。しっかり払ってもらう」

「あーあ。さっきまでの泣きべそかいてたガキはどこにいったんだよ…」

「泣いてねぇ、ってんだろ! もう寝るぞ」

「あーあ…とんでもねぇクソガキ…」


 エラルドジェイはしばらくの間、たらたらと愚痴っていたが、やがて静かな寝息に変わった。

 オヅマはホッとして寝そべりながら、エラルドジェイとの新たな関係性を考えた。

 今度こそ間違わないために。

 のように友人ではなく、仕事、あるいは損得勘定で成り立つような間柄であれば、エラルドジェイはいつでもオヅマを、ことができるはずだ……。

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