第四章
第七十九話 春祭り(1)
「あぁっ、バカ。下手。違うっての! 右、右、左、左、前に行って手拍子して……行き過ぎなんだよ、どこまで行くんだよ! 後ろ退がれ!」
矢継ぎ早な指導に、アドリアンは足がもつれてよろめく。
「ダーッ! ヘッタクソ!!」
オヅマは我慢ならぬように叫ぶと、ダンダンと苛立たしげに足で床を踏み鳴らした。
アドリアンはムッとなって、睨みつける。
「君の教え方も問題があるぞ!」
「うるせぇよ! なんであんな小難しい剣舞ができて、こんな簡単なのができねぇんだよ、お前は」
「剣舞と、お祭りの踊りは全然違う」
「だ・か・ら! 体動かすのは一緒だろ!」
「体を動かすのは同じでも、考えるところが違うんだ!」
「なんだよ、それ! そんなモンいちいち考えんな、バーカ!!」
二人の怒鳴り合いを見て、オリヴェルはつぶやいた。
「この二人、
「大丈夫」
マリーは肩をすくめて笑った。
「こうやってギャーギャーワーワー言ってる喧嘩は仲がいい喧嘩。って、前にお母さんが言ってた」
「………」
オリヴェルは喧嘩する二人を眺めて頷く。
そういえば、オヅマと前に喧嘩した時も、大声で怒鳴り合っていたっけ?
「オヅマって、なんだかうまく怒らせるよねぇ」
オリヴェルが感心したように言うと、マリーはプッと吹いた。
「なぁに、それ? うまく怒らせる、って」
「だって、僕も昔そうだったけど、アドルもあんまり大声で怒鳴ったりするような感じじゃないでしょ? でも、何故かオヅマとしゃべってると、気がついたら大声で笑ったり、怒ったりできるんだよね」
マリーはふーん、と兄とアドリアンを観察して、頷く。
「確かに…お兄ちゃん、才能あるかも」
「なに、ブツブツ言ってんだ、二人して。誰が才能あるんだ、これのどこが?」
言葉尻だけを聞きつけたオヅマが不満げに吐き捨てると、マリーがしれっと言った。
「違うわよ。お兄ちゃんが人を怒らせる名人だって話してたの」
「はぁ?」
「正しくは、上手に人を怒らせる、ね」
オリヴェルが付け加えると、オヅマは眉を寄せ、背後にいたアドリアンは顎に手をやって思案した後に「確かに」と頷く。
「なんだよ、三人して!」
オヅマはムッとなって、隅にあるソファに寝転んだ。
ちなみに三人がいる場所は、領主館の中で中規模の式典やパーティーなどが開かれる広間の一つだ。
「もー、俺知らねーし。こんなオッチョコチョイの世話、これ以上見てられっか、っての」
「
「拗ねたね……」
「忍耐力のない奴だ」
三人から静かに抗議されたが、オヅマは無視した。
対番だからといって、祭りの踊りまで教えてやる義理はない。
事の起こりは、前日の早春の祭りで起きた些細なイザコザだった。いや、ちょっとした子供同士のケンカというか……あるいは普段は抑制のきいたアドリアンが、めずらしくムキになった、と言ってもいい。
もっともそうなったのも、オヅマの売り文句のせいではあったのだ……。
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