第六十一話 オヅマとアドル(2)
少し離れた場所から二人の様子を見ていたヴァルナルは、クックッと肩を震わせた。小公爵があそこまでコロコロと表情を変えるのは、初めて見た気がする。
「小公爵様……アドリアンも、やはり同じ年頃の少年相手であれば、素が出るようですね」
カールが言うと、ヴァルナルは頷いた。
「あぁ。おそらくそうだろうと思って、連れてきてよかった。オヅマはあれで何だかんだ言いながら、面倒見がいい」
「そうですね。ま、兄の性分でしょうかね」
カールは相槌をうちながら、チラと隣にいる図体ばかりデカくなった
「そうか。じゃあ、ルーカスもお前の面倒を見ていたんだろうな」
ヴァルナルがもう一人の厄介者のことを口に出すと、カールの眉間に皺が寄った。
「あの人は面倒を見てたんじゃなくて、僕らを家来にして遊んでただけですけどね」
「ハッハハハ!」
ヴァルナルが大笑いすると、アドリアンは驚いたようにそちらを見た。
「なに?」
オヅマは、狸の毛皮のチョッキに、手ぬぐいを押し当てて、水を吸い取りながら尋ねる。
「いや……ヴァル……男爵があんなふうに笑うのだと思って」
「はぁ? いつもあんな感じだろ。気さくで、豪快で」
「公爵邸にいる時は緊張しているのかな?」
「公爵邸?」
オヅマが聞き返すと、アドリアンはハッとして固まった。周囲でそれとなく聞いていた騎士達もピタリと動きを止める。
「あ…いや……その…僕は…その…公爵様の従僕なんだ!」
アドリアンは咄嗟に言ったが、オヅマはさほどに興味もないようだった。
「ふぅん。オイお前、そのシャツも濡れてるんだろ。脱げ。これ、着とけ」
オヅマが腰にある小さな鞄から、皺くちゃのシャツを取り出すと、アドリアンは目を丸くした。
「君、シャツを持ち歩いているのか?」
「朝駆けの時は、いつもだったら汗かくから着替える用に持ってんだ。今日は、寒かったからな。思ったより汗かかなかった」
「やっぱり寒かったんじゃないか…」
アドリアンはシャツを受け取って着替えながらブツブツつぶやいたが、それでも乾いたシャツはありがたかった。正直、あの濡れたシャツのまま、またあの速さで帰るとなると、風邪をひきそうだ。シャツは乾くかもしれないが……と思っていたら。
「………君、なにをやってるんだ?」
オヅマがシャツを木の枝にくくりつけている。
「あ? これ持って走りゃ帰った頃には乾くだろ」
アドリアンは押し黙った。
なんとなく、同じようなことを考えていたのが……微妙に嫌だ。
「なんだよお前、その顔」
渋い顔になったアドリアンを見て、オヅマは眉を寄せる。
「いや……何も…」
「っとに、塩漬けキュウリみたいな顔しやがって…」
「なっ……だ、誰が塩漬けキュウリだ! だいたい、どういう意味だ、それ!」
「うわ、面倒くせ、コイツ。そんなの適当にわかるだろ」
オヅマはいかにも鬱陶しそうにアドリアンに吐き捨てる。
その様子を見ていた騎士達は半ばあきれつつ、オヅマの言葉に思わずプッと笑う者もいた。
厳しく躾けられて、滅多と表情を変えることのない小公爵様を、『塩漬けキュウリ』とは。
基本的にはこんな調子の二人であったが、領主館に戻ってから本格的な修練が始まると、はっきりと
特にそれが際立ったのは剣撃の稽古においてだった。
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