第四十九話 公爵の激怒
「大公家からは何も言ってこぬが、
園遊会の翌日、主だった家臣が集められた。
ヴァルナルを含めた五人の領主、直属騎士団の団長代理であるルーカス、補佐官、家令、公爵家に近い縁戚からの代表者達。
彼らは園遊会で公爵家の後継者たるアドリアンが、大公家の
「原因はなんだったのです?」
尋ねたのはルーカスだった。
公爵はチラリとヴァルナルを見たが、ヴァルナルは黙して語らない。
「……不明だ。息子が口を割らぬ」
「であれば、ただの喧嘩ですな。さほど大袈裟にすることでもございませんでしょう」
ルーカスはあっさりと結論づけた。
しかし、そこに異議を唱えたのは、公爵家の古くからの縁戚であるアルテアン侯爵だった。
「
「左様。ヴィンツェンツェが見ておったというのであれば、今後、何を言うてくるか…」
アルテアン侯爵に同調するのは、同じく縁戚の一人であるニーバリ伯爵。
「よりによって、あの曲者に見られるとは…運が悪い」
「小公爵様も、何を言われたか知らぬが、よりによって大公家の公子に手をあげるなど…忍耐が足らぬ」
グレヴィリウス公爵は黙って彼らが話すに任せていた。
再び、うつむいて黙っているヴァルナルを見やる。
アドリアンの剣の師匠でもあるヴァルナルは、その誠実な性格もあって、息子からの信頼も厚い。おそらく真実を知っているはずだ。しかし、これだけアドリアンが叩かれて反論もせずにいるというのであれば、今後も言う気はないのだろう。
一方、ヴァルナルはヴァルナルで、とっととこの不毛な議論が終わらないかと、内心呆れ果てていた。
何が忍耐が足りぬ、だ。アドリアン様は、この場に並んだ訳知り顔の大人の誰とても敵わぬほどの忍耐力の持ち主だ。
議論というには稚拙な、上品な言葉に嫌味と皮肉をまぶした雑談が沸き立ってきた頃。ここがどこであるのかを忘れた短慮な一人が、思わず口に出した一言にその場は一気に凍りついた。
「所詮、小公爵様もノシュテット子爵などという卑しい罪人の血を引いておるから、かような騒動を起こされるのでありましょう…」
ノシュテット子爵は、公爵の亡き妻リーディエの父である。
彼は
そのため、いまだに彼女の出自を問題視し、その息子であるアドリアンが誹謗を受けることは珍しくなかった。
シモン公子がまさにそうであったように。
しかし、ここはその妻をこよなく愛した公爵を目の前にした会合の場であった。
軽口で言ったプリグルス伯爵は、勘違いしていた。
公爵が小公爵に対しての愛情が薄いのは、その母であるリーディエへの軽蔑に根差したものであると思っていたのだ。
彼はアルテアン侯爵の娘の婚約者というだけで、本来ならばここにいるべき身分の者でもなかったのだが、アルテアン侯を通じて大貴族であるグレヴィリウス公爵家の一門に加われたことで、少々気が昂ぶって増長していたのだろう。
当たり前のように一族の集まりに加わり、いかにも長年いたかのように振る舞っていたが、その禁句を言う限りにおいて、彼にその場にいる資格はなかった。
今、失った。
「……? え? な、なんです?」
自分の言葉を最後に静まり返ったので、プリグルス伯爵ダニエルはキョトンとなって落ち着きなく周囲を見回した。
「………ルンビック」
公爵は静かに家令を呼んだ。
老家令はすぐさま公爵の傍らに音もたてずに歩み寄った。
「ここに」
「あの者は誰だ?」
「アルテアン侯爵の三女プリシラ様とご婚約されましたプリグルス伯ダニエル様にございます」
「………なぜ、ここにいる?」
その言葉と共に公爵から立ち昇る凄まじい怒りの気配に、一同は息が苦しくなるほどであった。
ダニエルは自分が相当に場違いであることを今更ながらに痛感し、この場から立ち去りたかったが、公爵の
「申し訳ございません、公爵閣下!! おい、貴様……ダニエル!!」
公爵の怒りに圧倒されて同じように動けなくなっていたアルテアン侯爵がようやく立ち上がり、馬鹿な婿を連れ出そうとしたが、その時にはルーカスの目配せで部屋の隅で警護にあたっていた騎士達がダニエルを羽交い締めにしていた。
「連れていけ。自室にて謹慎されるそうだ」
ルーカスが指示すると、半泣きになっているダニエルはどうにか弁明しようとしたが、騎士達の剛力に柔弱な貴族の若君が敵うはずもない。
「お許しください! 公爵閣下」
アルテアン侯爵はそのまま公爵の前まで来て、その場に膝をついて最上位の陳謝の礼を行う。
公爵は無表情に見つめ、フイと顔をそむけた。
「ルンビック、侯爵への
冷たく言い放つと、アルテアン侯爵は真っ青になって言い
「こっ、公爵閣下……どうか! どうか、お許しを!! プリグルス伯との婚約は解消致します故……!」
公爵の顔はピクリとも動かず、冷然とアルテアン侯爵を見下ろしていた。
「そもそも娘の……しかも後継者でもない娘の婚約者ごときを、なぜ一門の会同に参席させた?
「誠に申し訳ございません。重々、反省致します故…借款の期限については……」
「ならぬ。この話はこれで終わりだ。アルテアン侯はこの場からの退出を許す」
公爵はまったく聞き入れる気はないようだった。
許す、という言葉で強制的な退去を命じられ、アルテアン侯爵はトボトボと部屋から出て行った。
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