第二十九話 ヴァルナルからの返信

 先の書簡往来において、ミーナがヴァルナルに送った手紙について一部を抜粋


『若君のご希望で、食事の際、私とマリーがご相伴にあずかるようになりました。よろしゅうございましょうか?』―――― 。




 

 ヴァルナルはこのミーナからの手紙を帝都に向かう道中で受け取り、すぐに返信を書き送った。


緑清りょくせいの月 五日

 さやけき風に揺れる緑の美しき時候、手翰しゅかんにて申し上げる。


 道中からの便りである故、早速のことについて申し上げる。

 息子オリヴェルとの食事については、全面的に許す。息子が望み、貴女あなたが息子の希望に真摯に向き合ってくれていることを、本当に有り難く思う。

 もし、この事についてやかましく言う者がいれば、私の同意書を同封しておくので、それを示すように。少々、厳しく書いているので、もはや何を言ってくることもないはずだ。

 基本的に息子の件については、私よりも貴女の方が配慮が行き届いているだろうから、今後も息子の為になると貴女が判断したことに関しては、私は全面的に同意する。

 ただ、今後とも息子に関しての報告はお願いしたい。

 以前にも話した通り、私は長らく息子を放任してきた。

 自らの力で産声をあげることもなく、脆弱に生まれ、産婆や医師からも長く生きることが出来ないと聞かされて、諦めてしまっていた。

 その後に戦に向かうこともあり、親子としては稀薄な関係になってしまったが、それは私の勝手な言い訳に過ぎない。

 息子には本当に申し訳なく思う。私は長年、親としての務めを果たしてこなかった。しかし貴女からの話で、息子がとても思いやりある子に育ったことを知り、安堵している。

 今更ではあるが、息子には今後は親らしく接したいと思っている。そのためには、彼のことを知らねばならぬ。

 乱筆乱文にて失礼。


 年神様リャーディアの加護のあらんことを。 ヴァルナル・クランツ』





 そこでヴァルナルは一旦筆を置いたのだろうが、ふと思い出したようである。『追伸』と書かれた後に、


『栞をありがとう。早速、使わせていただく』

と、一言添えてあった。


 それまで堅苦しい文章で書き綴られていたのに、不意に『ありがとう』と素直な言葉が出てきて、ミーナは思わずフフッと笑ってしまった。

 なんだかその部分だけ、少年のようなヴァルナルの姿が透けて見える。


「どうしたの?」


 オリヴェルとマリーが不思議そうに見つめる。


「いえ…この前の栞を喜んでくださったみたいですよ。良かったですね、若君」


 オリヴェルはホッとした顔になった。





 ミーナはその後、まだヴァルナルが道中であることに気を遣って返信を控えた。

 伝令もミーナにヴァルナルの手紙を渡すなり帰ってしまったので、まさか別の伝令を立てるわけにもいかず、ヴァルナルから帝都到着の便りがあるまでは…と待つことにしたのである。


 そのせいなのかヴァルナルは道中、少しばかり不機嫌に見えた……とは、副官カールの弁。

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