黒き翼の大天使~くろてんリライト
遠蛮長恨歌
1章
第1話 新羅辰馬
冒険者育成校、蒼月館。
アカツキ皇国の私立学校としてはもっとも歴史ある名門の一翼といっていい。創立以来50年、武技においても魔術においても優秀な冒険者を多く輩出し、後進の育成にも意欲的。維新といわれる革命を経て開明国家となったアカツキに薫風を齋すため先進的でリベラルな校風を売りとしてきた蒼月館だが、1815年度、第42代(50代でないのは2年連続で学生会長に選任された例が数件あるため)学生会長・北嶺院文の打ち出した学則はそれを大きく後退させるものだった。
男子排斥学則。
すべての男子は女子に絶対服従、逆らえば放校とするというこの学則は男子生徒たちからは笑止と受け取られたが、女子生徒からは大いに歓呼を持って迎えられた。これはもともとが女尊男卑のふうがあるこのアカツキという国において、男子がのさばるのを快く思わない女子がどれだけ多かったか、を物語る。のんきに構えていた男子はたちどころに指弾され排撃され、その居場所を大きく削られることとなった。
そんな1816年、6月19日午前4限目。
「あと一勝、あと一勝で優勝っスよ、辰馬サン!」
ひょろりと背の高い赤髪ロン毛、シンタこと上杉慎太郎が興奮気味に叫ぶ。それだけ今の状況は希有な快挙と言えた。学内における覇権戦争に男子が惨敗して以来、男子が女子に一矢を報いるという事態そのものがすさまじく珍しく、しかもそれが学年内ランキングを決定する序列戦の場、しかも2年連続となれば。
「序列戦程度でんなガタガタ騒ぐなって。ま、よゆーで勝つけど。おまえらも足、ひっぱんなよー」
と、応じるのは長い銀髪を横で一房、束ねて流した、あまりにもかわいらしい美少年。その容姿の華奢で可憐で端麗なゆえに思わず「女の子?」と言ってしまいたくなる彼は新羅辰馬(しらぎ・たつま)。何処から見ても清楚可憐、どんな美少女よりなお美少女らしい美少年だが、くぁ、と眠たげにぼやーと欠伸をすると、いかにもオッサンがするように体操着の中に手を突っ込むとバリボリと白いおなかを掻いた。この少年が実は魔王の息子、後継者といっても大概「?」となるだろうが、それが事実だから仕方ない。銀の魔王オディナと金の聖女アーシェ・ユスティニアが愛し合った結果生まれた、新羅辰馬は一粒種である。
「新羅さん、目の毒です……」
「ん~、なにが?」
「なにがって……」
常識人らしく突っ込みを入れ、実に無垢な返しをくらって慌てるのは朝比奈大輔。シンタに比べて背は低いが、肩幅と胸板は3割増しの逞しさ。実際彼は旧世界伝来の「カラテ」なる格闘技の使い手であり、その肉体はただの飾りではない。
「とにかくやるぞー。これに勝てば本が買えるからな」
「お、押忍! 了解です!」
「委細承知でゴザル!」
最後の一人、ゴザル言葉の、もうすぐ夏が近いにもかかわらずマフラーなど首に巻いたデブは出水秀規。本人曰く「ニンジャ」だが実際は泥濘と付与の魔術師。ついでに付言するならいちおうプロの小説家でもある。「官能」小説家ではあるが。
「で、決勝の相手は……、げ、林崎か……」
辰馬は対戦表を見て、一気にげんなり。2-D、林崎夕姫。辰馬たち4人とは同じクラスのクラスメートだが、とにかく反りが合わないことこの上ない。学生会所属の夕姫はいつでも辰馬たち問題児集団を陥れようと狙っており、その執拗さにはのんき者の辰馬もいささか、辟易するところだ。
「なによその態度。クラスメート相手にずいぶんよね」
件の夕姫がやってきて、早速辰馬にくだを巻く。左右非対称な灰色の髪の片側を編み込みにした、おしゃれで活動的な雰囲気の美少女ではある。ただ、瞳の奥にある敵意がガンガンに燃えていて、正直お近づきにはなりたくないところだ。
「おぉ、林崎」
「まぁ見てなさい、今日こそ新羅、アンタの牙城を崩す! あいつらも見てるしね!」
「あいつら……?」
「あいつらよ!」
夕姫はそう言って、グラウンドに散らばった男女の中から二つの集団を指さす。ひとつは統一感のない民族衣装のような服装をした3人組の他校生であり、もう一つは青いサマーセーターを着たこれまた他校生の2人組。
「あぁ……、明芳館と賢修院か。賢修院はひとり足りねー気がするが」
「アンタが去年、一年のトップ獲ったからでしょーが! アレ見て賢修院の源のヤツ、ウチのこと完全に舐めてんのよ。『男子如きにしてやられるようでは、名門・蒼月館もお里が知れる』ってね」
奥歯を噛み破らんばかりに歯ぎしりして、夕姫は回想の中の賢修院学生会長・源初音に呪詛を放つ。明芳館も賢修院も蒼月館と同じ程度の歴史と格を持つ冒険者育成校だが、この二校は昔から今に至るも一貫しての女尊男卑。維新開明でいちど男子にチャンスを与えた蒼月館を、惰弱だ軟派だと馬鹿にするふうが強い。
「はぁ……」
「だからあたしはここで負けるわけにいかないの! ここであんたをブッ倒して、蒼月館の名誉を取り戻す!」
「そんな事情知るかよ! あーもう、なんでもいいや、来い! 後悔さしちゃる!」
かくて戦闘開始。夕姫一行は6人。前衛に戦士系ふたり、後衛に夕姫と、もうひとりレンジャー。その左右に魔術師タイプが一人ずつ。
辰馬、シンタ、大輔、出水も素早く展開する。こちらは後衛に出水を置き、残る三人が前衛。
まっさきに飛び出すのはシンタ。さすがにシーフの素早さ。
「っけぇ! 環集雷刃!」
稲妻を帯びたダガーでの一極集中貫通攻撃。その威力は対単体だが、当たれば必殺。
「させない!」
初撃で一人落とされてはたまらないと、夕姫のナイフが飛んでシンタの動きを阻害する。動きをとめられたシンタ、シンタを制した夕姫、次の行動は辰馬。
「しっ!」
敵前衛に躍り込み、下から上へ跳ね上げた脚を急角度で打ち下ろす。こちらの世界の技法で言うなら、ブラジリアンキック。その威力はまとめて数人をはね飛ばす! 夕姫の隣のレンジャーが矢を放って夕姫がシンタにやったように行動阻止を狙うが、これは失敗。辰馬の一撃はそのまま通る。革鎧の上からでも衝撃が通り、前衛戦士二人が押し込まれて片膝をつく。そこに大輔!
「おぉぉぉぉっ!」
弓を引き絞るように腕を引き、存分に力を溜めて……撃ち放つ。必殺【虎打ちの拳】。その拳はもはや鉄球を叩きつけるに等しい。膝をついている敵前衛ふたりのうち、ひとりがこの一撃でKOされた。
「まず一人!」
びし、と腕を突き上げ、指一本立ててみせる大輔。派手な一撃とこのアピールに、観客男子は沸き立ち女子はブーイングする。
「西風原(ならいばら)、東風谷(こちや)、朝比奈に集中砲火! 調子にのるんじゃないわよ、朝比奈ァ!」
夕姫の指令に、西風原が炎撃、東風谷は氷撃を放って大輔を狙い撃つ。魔術抵抗の弱い大輔はこの重ね掛けに轟沈。しかしその隙に辰馬とシンタは大外から西風原、東風谷に肉薄しており、つぎの一撃で二人が沈むのは確実。
さらに。
「ようやく拙者の出番でゴザル、土遁、【泥棺(どろひつぎ)】!」
出水のだみ声が響いて、泥濘と化した地面が夕姫を飲み込まんとする! 「うぎゃーっ! ばっちい!」かろうじて跳躍で躱す夕姫、空中でこれ以上回避できないところに「【泥礫(どろつぶて)】!」追撃の土礫が打ち据え、夕姫をはじき飛ばした。
「っく……」
「このまま圧すぞ! 油断しなけりゃ勝―つ!」
「ガッテン!」
「承知でゴザル!」
………………
そうして。
新羅辰馬は2年連続で学年序列戦優勝。学年筆頭の座を射止めた。
「うぅっ……ぐずっ、くやしーっ! なんで、なんで勝てないのよーっ!」
「努力の差じゃねーかな。まあ、なんだ……後悔さすとは言ったものの……、だいじょーぶかー?」
「ぐす……えぐっ……きょ、今日はこのくらいで、勘弁しといてあげる……っ、次は絶対泣かすからね、新羅―っ!」
「うーん……まあ、あんだけ元気ありゃあだいじょーぶか。にしても女殴るのはやっぱ、後味いいもんじゃねーなぁ……」
「辰馬サン、いつも殴られて罵られてされて、よくそんな甘いこと言ってられるっスよねー」
「大した実害被ってるわけでもねーからなー。さて、賞金貰って教室帰るぞー」
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