No.22【ショートショート】恋は盲目、僕らはみんな狂ってる

鉄生 裕

恋は盲目、僕らはみんな狂ってる

僕には昔から仲の良い友人が二人いる。


リョウと知り合ったのは、六歳の時だった。

彼は出会った当時からからわんぱくで気性が荒く、

いわゆる『やんちゃ坊主』というやつだったが、

それは大きくなった今も変わっていない。


九歳の時に出会ったシンジは、リョウとは真逆の性格で

いつも冷静に物事を捉えることが出来る『しっかりもの』だった。




そして僕らは、高校二年生の夏に人生で初めての恋をした。


二学期の初めに僕たちのクラスに転入してきた彼女は、

あっという間にクラスの人気者になった。


その端正な顔立ちは、一瞬にして男子たちの目を奪い

清廉潔白な性格から女子たちともすぐに打ち解けた。




彼女は僕たち三人に初恋をくれた。

だから、僕たちは彼女のためにあの男を殺した。




事の発端は、一ヶ月ほど前の日曜日のことだった。


僕とリョウとシンジは目的も無く渋谷の街を歩いていると、

信号を挟んだ向こう側に彼女の姿を見かけた。


こんなところで彼女に会えるなんて。


信号が青に変わるのを今か今かと待ちわびていたその時、

スーツを着た中年の男性が彼女に声を掛けた。


すると、彼女と男性は親しそうに話をしながら、

僕たちがいる方とは逆の方向に歩き出した。


二人のことが気になった僕たちは、彼女たちを尾行することにした。


しばらく歩き続けた二人が立ち止まったのは、

ラヴホテルの前だった。


ラヴホテルの前で立ち止まった二人は何かを話し始めたかと思うと、

彼女が怪訝そうな表情をしながらその場から逃げようとした。


だが、男は逃げようとしている彼女の腕を掴みながら何かを言うと、

二人はそのままラヴホテルの中へと消えていった。




ラヴホテルの中へ消えていく二人を見たリョウは、

彼女を助けるために二人のもとへ駆け寄ろうとした。


そんなリョウに対してシンジは、

「彼らの関係性も知らないのに、余計な事をすべきではない。」

と言って彼のことを止めた。


リョウの気持ちは痛いほどわかるが、

シンジの言う事も一理あった。




僕たちは男の素性を調べた。


彼は大手芸能事務所に勤務しており、

街で若い女の子に声を掛けてはスカウトをしていた。


大半の場合は、女の子たちに名刺を渡すだけで終わりだった。


だが、男をずっと尾行していた僕たちは、

声を掛けた女の子とラヴホテルの中へ入っていく姿を、

この一ヶ月の間に数回ほど目撃した。


そこでようやく僕たちは理解した。


あの日、男は彼女に、

「芸能界に興味はないか?」

と声を掛けた。


そしてそのまま、彼女を強引にホテルへと誘い込んだのだ。




全てを知った僕たちは、男を殺すことに決めた。




夜中、僕たちは彼の家に押し入ると、

寝ている彼の頭をバッドで何度も殴り気絶させた。


手足をロープで縛ると、

気絶したままの彼を浴室まで運び、浴槽の中へと入れた。


「それじゃあ、やるぞ」

リョウは僕とシンジにそう言うと、鞄からノコギリを取り出した。


どうせ僕たちは、すぐに捕まるだろう。

人ひとりを殺すのだから、捕まるのは当然だ。


それなら、この上ない苦しみと恐怖を味わわせたうえで殺したい。


それが、彼女のためだと思ったからだ。


リョウが男の小指にノコギリの刃を当てたその時、

彼が目を覚ました。


「・・・んん、ん!んんん!んんん!!」


ガムテープで口を塞がれている男は何かを言おうと必死だったが、

リョウはそんな様子に構うことなく、彼の小指を切り落とした


「んんん!!ん!んんんんん!!!」


小指を切り落とされた男は、

目を真っ赤にしながら、ひたすら叫び続けた。


「うるさいな。これ以上騒げないように、舌を切ってやるよ。

シンジ、ガムテープ取ってくれ」


リョウにそう言われたシンジは、男の口を塞いでいるガムテープをはがすと、

それをそのまま左のポケットにしまった。


「誰なんだ!?なんでこんなことするんだよ!」


男は僕たちを睨みつけながら言った。


「どうしてこんな事をされるのか、心当たりはないのか?」

僕が男にそう尋ねると、彼は首を左右に何度も振った。


仕方なく僕はポケットからスマホを取り出すと、

彼女が映っている写真を男に見せた。


彼女の写真を見た男は、

「・・・まさか、彼女が?彼女が、

お前らにこんな事をするように頼んだっていうのか?」

真っ赤になった目を丸くしながら、僕たちの方を向いて言った。


「彼女はこの事を知らない。

お前は彼女の優しさに付け込んで、彼女を無理矢理ホテルに連れ込んだ。

きっと彼女一人では何もできないだろう。

だから、僕たちが彼女の代りに、お前に復讐するんだ」


僕がそう言うと、それを聞いた彼の顔色が一瞬にして変わった。


「お前、何を言っているんだ?

確かに彼女に連絡したのは僕の方からだったが、

そもそもそれは彼女が募集していたからだぞ」




男の話によると、そもそもは彼女がSNSで援助交際の募集をしていたらしい。

彼女の投稿を見かけた男は、彼女に連絡を取った。

そして男は彼女と会うと、彼女も合意のうえでホテルへ入ったのだ。


「嘘をつくな!

お前が自分の立場を利用して何人もの女の子とホテルへ入っていくところを、

俺たちは自分たちの目でちゃんと見てるんだぞ!」


だが、それも全て誤解だと彼は言った。


この一ヶ月の間、彼と一緒にホテルへ入っていった女の子たちは皆、

SNSで援助交際を募集していた子たちだった。


「それじゃあ、なんで彼女は嫌がったんだ?

あの時、彼女はホテルに入ることを嫌がっていたじゃないか」


シンジにそう言われた男は、必死になって当時のことを思い出そうとした。


「・・・ああ、あの時か。たしかあの時、僕は彼女に、『今日で最後にしよう』と言ったんだ、そしたら、彼女が急に怒り出したんだよ。彼女とは何度も会っていたし、僕も毎回それなりの額を渡していたから。彼女にとって、僕は楽に大金を稼げるカモだったんだろう。だからホテルの前に着いたときに、『今日で最後にしよう』と彼女に言った時、彼女はすごく怒っていたよ。でも、僕はすぐに謝ったさ。君は知らないかもしれないけど、あの後も僕らは何度か会っているよ」


それを聞いた僕とシンジは、

頭が真っ白になりその場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


だが、リョウは違った。


「嘘だ!嘘だ!嘘だ!」

そう叫びながら、リョウは男の首をノコギリで切った。




彼が息を引き取ったのを確認すると、僕は彼女に電話をかけた。


だが、彼女が電話に出なかったので、

今度は血まみれの男の写真を彼女に送った。


するとすぐに、彼女の方から電話がかかってきた。


通話ボタンを押すと、電話の向こう側の彼女が、

「ねぇ、どういう事?なんで君が彼を知ってるの?

それに、どうして彼は血まみれなの!?」

強張った声でそう言った。


僕は男から聞いた話を、全て彼女に話した。


「・・・ええ、彼の言っていることは全て本当よ。

それで、彼は無事なの?彼は無事なんだよね?」


彼女は僕たちではなく、男の心配をした。


「彼なら、僕とリョウとシンジの三人で殺したよ」


「・・・殺したなんて、そんなの嘘でしょ!?そこにいるのは君だけじゃないの?リョウとシンジって人は、君の知り合いなの?」


「何言ってんだよ。君も知ってるだろ。

僕らのクラスメイトの、リョウとシンジだよ」


「・・・ねぇ、落ち着いて聞いてね。

私達のクラスに、リョウとシンジなんて人はいないわ。

あなたと一緒にいる人達は、本当は何者なの?」


「こんな時に、そんな冗談はよしてくれよ。

リョウとシンジだよ。

いつも僕と一緒にいるじゃないか。

君だって知ってるだろ?今だって、僕の隣に・・・」


だが、そこに二人の姿は無かった。


浴室には男の遺体と

右手にノコギリを持ち、左のポケットにガムテープを入れた僕の二人しかいなかった。


「・・・ねぇ、大丈夫?今どこにいるの?もしもし、聞こえてる?聞こえてたら何か言ってよ」


電話の向こう側では、彼女がしきりにそう叫んでいた。




男の部屋に駆け付けた警察が浴室で見つけたのは、二人の遺体だった。

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No.22【ショートショート】恋は盲目、僕らはみんな狂ってる 鉄生 裕 @yu_tetuki

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