第13話 近い月、遠い地球

 昔の偉い人で、アイラブユーを「月が綺麗ですね」と訳した人がいたらしい。その言葉に感動する人もいるらしいが、私には全く分からない。月は見るものではなく、行くところ。美しいものを遠くから眺めることしか出来ない凡人が考えそうなことだ

 もうすぐ月面に着陸する。無重力状態には慣れたし、恐怖心もない。

「あと少しで着きますね」

 だが、この状況は慣れない。美しくて凛と透き通った声、そして愛くるしい顔。もう1人の宇宙飛行士である彼女に対し、私は恋心を抱いていた。正直、月の探査なんぞどうでもいい。月面での共同生活、ここで距離を縮めたい。

「月が綺麗だね」

「そうですか? 地球の方が綺麗に見えますよ」

「そう、だね」

「準備してください」

「はい」

 それから何事もなく進み、無事に地球へ帰還してしまった。月は行くところではなかった。愛する人の傍で、その瞳に映った月明かりを眺める。それくらいがいい。

 今日も私に、月は出ない。

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