第8話メガさん
メガさん。心の中で、私だけが彼をそう呼んでいる。
仕事が出来て性格も良く、高身長でイケメンな彼。今日のように暑い日は、時折腕まくりをすることがあり、白くてつやつやな肌から山脈のように浮き出た血管が、たまらない。力強い体を秘めながらも、普段は黒縁のメガネをかけてキリッとした小顔が、くしゃっと笑うと、その可愛らしさに社内で働いている女性の手が、時が止まる。
あの日は、私の時間も止まった。彼が社内でメガネを外すのを見たことはなかった。未だ誰も見たことはないはずだ。メガネのない彼は、目が3だった。アニメでよく見るデフォルメされた3だった。まつ毛も眼球もくっきりとした二重も消えた、ただの3だった。さすがに見間違いだった、とは思うが。
そんな彼が今、隣のカウンターでお酒を飲んでいる。仕事が終わって帰ろうとした時、食事に誘われたのだ。彼と二人きりで食事をする日が来るとは夢にも思わず、一件目は少し緊張してしまったが、二件目であるこのバーでは、だいぶ打ち解けた。薄暗い雰囲気でお酒も回っているのか、彼の匂いに、仕草に、微笑みに、うっとりとしてしまう。
ふわふわとした意識の中、ほんのりと赤くとろけながらも、私の唇だけを目の奥で捉えた、妖艶な顔が近づいてきた。私が身を任せて目を薄くさせた時、彼はメガネを外した。
「ぶひゃー! あはははは、うひゃっ」
人生で初めて発する種類の笑い声とともに、飛沫という飛沫が彼の顔にぶっかけられた。
「なんでこんなに3なの! メガさん、3すぎぃ」
それからのことはよく覚えていない。何故縛られているのかも、ここがどこなのかも。
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