第2話 母の教えのままに
泣いていたぼうやの名前は知らないが、顔は知っている。近所の杉田さん
「羽が……、羽があっ」
おお。俺はてっきり杉田さん
エンジェルが堕天使に変わる前にと思い、側にあった電柱をひょいとのぼって屋根をのぞいてみる。
「む、羽根だったのか」
そこにバドミントンのシャトルをみつけた。エイヤッと手をのばし、下へポトッと落としてやる。羽根を取り戻したエンジェルは礼をのべてパタパタと去っていった。
どうやら俺のでかい身体が役に立った。中ニの終わり頃から急に、背がぐいっと伸びたのだ。以来、これ幸いと姉には便利に使われている。
なんでも、かゆいところに手が届くそうだ。もっとも、届くのは俺の手にちがいないのだが。
地面に降り立ち、パンパンと手を払ってからふたたび自転車にまたがる。いかん、いかん。道草をくってしまった。はやくスーパーへと向かわねば。
平坦な道を走る。
古い家が立ち並ぶなかを抜けていく。この辺は古い家屋が集まり、なんとかいう文化財にもなっているらしいのだが、俺に言わせればやはり古いだけの家並みだった。
ひとも町並みも古く、片田舎といったところだろうか。もともとは埋め立て地だったらしくて海も近い。どうかするとすぐに海が顔をのぞかせる。隣の市に行くためには大きな橋を超えていかねばならない。
少々と辺ぴな場所だった。
かつては機能していたであろう商店街を横目にとらえながら俺は走り抜けていく。今はもうシャッターを閉めたままの店が多い。ようこそと書かれた大きな入り口の門が、すこし寒々しさを感じさせていた。
商店街がそんな風なので、俺の目指す大型スーパー『トーエー』は近所のだれもが買い物に通う、生活の
もともとの人口がすくないのだろうか。そんなことを考えている内にスーパーがみえてきた。例にもれずトーエーの建物も古く、レトロな雰囲気をかもし出している。
駐輪場に自転車をとめていると、カギが落ちているのに気が付いた。自転車のカギだった。キーホルダーと共に、おそらくは家のカギもぶら下がっている。
落とし主はきっと青ざめることだろう。ヒョイと拾って、顔見知りの店員に渡しておく。店内放送をしてくれるそうなので、落とし主もすぐにみつかるだろうと思う。
ニ階建ての一階。食品売り場へ足を運んでいると、不意に姉の言葉が頭をよぎる。あれはなんだったのだろう。ただ、おつかいへと導くための口実だったのだろうか。
『アンタは優しいね』
俺は優しいのだろうか。
目の前を駆けていく子どもがぶつかって落とした商品を棚にもどしながら考える。特に自分では優しいとも思わないけどな。
ただまあ、母の教えを守っているだろうなとは思う。母はよく言っていた。
「ひと様の迷惑にならないように」
とか、
「されて嫌なことはしないように」
とか。
姉がそれを言われているのを聞いた覚えはなかったので、やはり俺は乱暴者だったということなのだろう。
あとは姉の教育の
まあるく、まあるく。衝突の起きぬ様、よどみなく流れる様にと。次第にこんな性格になってしまった。
おお。そう考えると乱暴者は姉の方ではないのか。母よ、あの言葉は姉にこそ言っておくべきものだったんじゃなかろうか。
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