野いちご

@nezumiusagi

第1話

隣の山にはたくさんいるけど、ここにはおいらしかいない。母ちゃんが死んでから一匹で暮らしている。隣の山には木の実がたくさんなるから、一緒に育った兄妹達も皆行ってしまった。寂しい様な気持ちにもなるが、タヌキの社会にもルールがあって。だから、一匹なのは気が楽なんだ。

 里の子ども達も親に連れられて山に来ることがある。混じって遊んだりもする。ちょっと大きくなって知恵がつくと、タヌキのおいらを仲間外れにするから、小さい子どもの時だけ混じるようにしている。

 今、一番気に入ってるのはタカちゃんだ。タカちゃんは連れて来られている中では小さい方だ。色が浅黒くて、髪の毛がくるくるしていて、目が垂れている。ちょっとおいらの母ちゃんに似ている気がする。

 タカちゃんは六人兄妹の四番目で、おいらと遊ぶ時、よく他の兄妹の話をしてくれる。それが結構面白い。一番上の兄ちゃんは背が高くて格好良くて、タカちゃんの自慢らしい。こないだは二番目の兄ちゃんの話をしていた。この兄ちゃんはやんちゃで、他所の鶏を小屋から逃がしたり、下の道路に石を投げて、それが路線バスの窓ガラスに当たって大騒ぎになり謝りに行ったそうだ。タカちゃんの上の姉ちゃんは頭が良くて、面倒見がいい。タカちゃんが失くし物をすると、必ず見付けだしてくれるしっかり者らしい。下二人の妹達はお喋りで甘えん坊で可愛いと言っていた。タカちゃんの話を聞いていると、母ちゃんと兄妹達と暮らしていた頃を思い出して、胸の奥が何だか温かい気持ちになる。そんな夜は大体良い夢を見て、楽しい気持ちで朝が迎えられる。

 里も随分、様変わりし始めた。薪からガスにする家が増え、山に入って来る人間も段々減っている。ガスは凄い。仕組みはあんまり分からないが、コックを捻ってマッチで火を着けると、放っておいてもいつまででも燃えている。タカちゃん家はまだ薪だ。タカちゃんが風呂を沸かす係らしく、薪拾いは大体、親父さんとタカちゃんの二人で来る。親父さんは大きな薪を拾う為に山の少し奥に入る。タカちゃんは奥には入らず、その辺りの小枝を拾う。一時間くらいしたら、親父さんがタカちゃんを連れて山を下る。いつもはおいらもタカちゃんの小枝拾いを手伝ったり、遊んだりする。

 あの日、タカちゃんは疲れていたのか、小枝拾いを早々に切上げ、背負っていたリュックを木の根元に下ろし、もたれて寝始めた。すぐ起きるかと待っていたが、タカちゃんはぐっすり寝息をたて始めた。

 ちょっとした出来心だった。おいらは親父さんに化けて、わざとガサガサ音を立ててタカちゃんの前を通り過ぎた。タカちゃんは大慌てでリュックを背負って追ってくる。

「お父ちゃん!待って。」 

人間に化けたのは久しぶりだ。追い付かれたらバレてしまうかもしれない。おいらは足を速めた。置いてかれまいとタカちゃんも必死で追い掛けてくる。何だか、追い掛けられることが楽しくなっていた。おいらはタカちゃんの家の近くの藪に逃げ込んだ。タカちゃんは珍しく怒って、

「お父ちゃん、何で待ってくれんの。」

そう言いながら、家に入って行った。山に戻ったら、タカちゃんの親父さんがタカちゃんを探して名前を大声で呼んでいた。その日の夜、タカちゃん家の近くで潜んでいると、中から笑い声が聞こえてきた。

「それは、お前、タヌキに化かされたんよ。」

それからタカちゃんは遊んでくれなくなった。薪拾いで山に入ってきても、ふんっとそっぽを向く。取りつく島もない。これじゃあ謝ることも出来ない。勇気を出してタカちゃんの後ろを付いていっても、くるっと振り向いてドングリを投げてくる。

『あんなことするんじゃなかった。』 

後悔先に立たずとはこのことだ。おいらは何とか仲直りをする方法を考えた。そうだあそこへ連れて行ってやろう。

 久しぶりにタカちゃんが親父さんと山に来た。おいらは両手一杯の野苺を葉っぱに乗せてタカちゃんの前に置いた。タカちゃんは親父さんを待ちながら、黙って食べてくれた。

 次の日、おいらは学校帰りのタカちゃんを待ち伏せした。珍しくタカちゃんは一人だった。おいらはタカちゃんを野苺狩りに誘った。タカちゃんは少し考えていたが、おいらが

「たくさんあるけん、妹達にも持って帰ってやったらええ。」

と言うと、後ろから付いて来た。ここは秘密の場所だった。ちょっと崖になっていて危ないが、そのせいか誰も取りに来ない。タカちゃんは学校へ行く時に黄色い学帽を被っている。おいらも手伝って、学帽から溢れるくらいの野苺を摘んだ。タカちゃんはすっかり機嫌が直って、

「こんなにたくさん有難う。皆、喜んでくれるわい。」

と、満面の笑みだった。タカちゃんと話しながら家に向かったが、家から上がる煙りを見てタカちゃんは青ざめた。タカちゃんには大切な役目がある。朝早くから畑に出ている父ちゃんと母ちゃんが、直ぐに汚れを落とせる様に風呂を沸かしておくことだ。あんなにはしゃいでいたタカちゃんの背中が小さく震えていた。おいらは心配で、こっそり藪に隠れて様子を見ることにした。風呂を沸かしていた母ちゃんが、タカちゃんに近付くと、大事に抱えていた黄色い学帽を思い切り手ではね除けた。おいらと頑張って摘んだ赤い野苺が空に舞って、そして地面にパラパラと落ちいった。母ちゃんはそのまま家に入り、タカちゃんだけが薄暗くなり掛けている庭に取り残された。

 おいらは居たたまれなくて、全速力で巣に戻った。可哀想にタカちゃんは、一人で落ちた野苺を拾ったのだろうか。おいらが学校帰りに誘ったせいで…。

 あれからタカちゃんは山に来なくなった。季節は夏から秋へ、そして冬になり、やっと春が来た。おいらは思い切ってタカちゃん家に行ってみた。風呂が薪からガスになっていた。タカちゃんはきっと山にはもう来ない。

 おいらの秘密の場所の野苺は、今年もたくさん実を成すだろう。

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