私のお店

@nezumiusagi

第1話

せっかく生まれてきたんだもの。広い世界を見てみたい。若いうちは世界を旅したわ。だけど、世界は広くって、全部の国は旅できなかったけど。スペイン、イタリア、フランス、ドイツ。私が旅した時は、ドイツは西と東に分かれてたし、ロシアはソ連って名前だった。アメリカ大陸は北と南を縦断したし、船で渡ってオーストラリア、飛行機であっという間にアジア大陸、最後はアフリカ大陸の国々を回って、ある朝、目が覚めて気が付いたの。膝が痛いことに。毎日、忙しくって、じっと鏡を見る暇もなかったけれど、いつの間にか年を取っちゃってたみたい。髪には白が混じり、目の横にはちりめんじわ、手は節々がゴツゴツ。私はおばあちゃんになってた。

 恋もたくさんしたけど、結婚はしなかった。だから、今はひとり。年を取ったら、気に入った森の中でお店を開くって決めてたの。早速、森の中にお店を建てなくちゃ。もう色んな場所にはいけないけれど、皆に来て貰えたら最高だわ。子どもも若い人もお年寄りも、動物や虫も来てくれたら素敵。お店の名前は何にしようかしら?考えてなかったわ。何のお店にするかも。とりあえず、始めてみてから決めちゃおう。

 お店を建てたけれど、何だかちょっぴり寂しい感じ。お店の周りにたくさんのお花と実のなる木を植えてみた。

 しばらくは誰も来なかったけど、そのうちたくさんのお客様が。最初のお客様は虫達。蜜蜂や蝶々や蝉やバッタやてんとう虫。お庭がすっかり賑やかに。

 「お好きなだけ召し上がれ。」

お庭で、楽しそうな虫達を眺めていたい。ベンチとテーブル、そして木と木の間にハンモック。毎日、皆を眺めていると、虫達が野菜の作り方や、美味しい実や、きのこが生えている場所を教えてくれた。早速、お庭を耕して畑を作って種を撒いてみた。野菜はすぐに出来ないもの。じっくりゆっくり待ってみよう。虫達が教えてくれた実やきのこを少し頂いて、ジャムやスープを作ってみたの。良い匂いが森に流れて、くまや鹿やキツネやウサギやリス、動物達も集ってくれて、お店はますます賑やかに。

 秋になって、野菜を収穫したから、虫達や動物達と収穫祭をしてみたの。コオロギやキリギリスが音楽を奏でて、鳥達が歌い舞う。動物達も太鼓を叩いたり、踊ったり、私も膝が痛いけど、ちょっぴりワルツを踊ったの。とっても楽しい一日が終わり、日が暮れて、皆も巣に戻って行った。空にはまん丸の月が出て、ベンチでうっとり眺めていたら、男の子と目が合ってびっくり。

「いつからそこにいたの?」

「お腹が空いた。」

収穫祭のお料理が残っていて良かった。男の子は、お腹がいっぱいになると、さっさと私のベッドで寝息を立てて眠ってしまった。お家の人が心配してるだろうけど。この家には電話もないし、どうしよう。悩んでるうちに、私もソファで眠り込んで、気が付いたら朝が来てた。

  朝、大きな音がして、窓から外をのぞくと、昨日より少し大きな男の子が薪割りをしてた。

「小さい男の子を見なかった?」

そう尋ねると街の方を指差した。帰ったんだわ。ホッとしていると、彼が家に薪を持って入ってきて、昨日のスープを温め始めた。私の分もよそってくれて、二人で朝ごはんを食べたの。着ていた服が汚れていたから、私の服をリメイクしてみた。ミシンがあって、本当に良かった。彼は私が作った服に着替えて、今まで着ていた服を洗濯して外に干したり、家の壁を綺麗な白で塗り始めた。森の中の緑は素敵だけど、旅先で泳いだ海がもう一度見てみたかった。

「砂浜と海を描いて。」

彼は家の外壁にペンキで海を描き始めた。森の皆は海を見たことがなかったから、外壁の海に大喜び。お礼にパウンドケーキを焼いて、彼と森の皆と海を見ながら食べたわ。彼は夜になると、当たり前の様に我が家でぐっすり眠ってた。

 次の朝、彼はいなくなり、今度はおじさんが木でお皿やスプーンをたくさん作ってくれてた。木のお皿っていいわ。だって、落としても割れないもの。

 おじさんは一夜明けると、おじいさんになってた。不思議が続くと、人ってあんまり驚かなくなるのね。森の皆も全然驚かないし。

 おじいさんは次の日もおじいさんのままだった。それから長い間、私達は夫婦の様に森で暮らした。お店には何でも並べた。野菜や果物、パンやケーキ、洋服や絵、木のお皿も。

 おじいさんは、ある夜、私に告げた。

「もうそろそろ私達も行かないと。」

私はいったい何処にいくのだろう?怖くはないけれど、一つだけ忘れていたことがあった。お店の名前がまだだったわ。森の皆がつけてくれたらいいな。

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