2.悪質ボッタクリ店を許さない殺戮刑事

***


 東京都某警察署、あちらこちらへ数多の人間が忙しなく行き交う中、誰からも拒絶されたかのような寂れた廊下が一つ。殺戮刑事課へと向かう――通称『黄泉比良坂』である。


 殺戮刑事――食欲と睡眠欲と性欲の全てを合わせたものよりも強い殺人欲求があり、己の獲物を奪おうとする殺人鬼を心の底から憎悪し、その殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事である。


 そんな殺戮刑事課の課長、業魂ゴータマの粋な心遣いによってその道は黄泉比良坂の名に恥じぬよう、経費によってミリ単位の間隔で致死トラップが仕掛けられており、常人ならば一秒に十二回死んでも釣りが来る地獄の道である。

 そんな黄泉への道を通ろうとする少年が一人。


「待ちなさい!君!」

「ここから先は黄泉比良坂!その果ては殺戮刑事課!遊びのつもりでも自殺のつもりでもやめなさい!」

「もし、君がこの先へ行くつもりなら足の骨を折ってでも止めるぞ!君の未来は私の懲戒免職よりも重い!」

「今、財布の中に三万円入っている……これを全部やる!何があったかはわからないがこれでパァーッと遊んで考え直しなさい!」

 少年が黄泉比良坂の入り口に立った瞬間、警報が鳴り数多の警察官が駆けつけて来た。

 その表情は一様に恐怖と、それ以上の覚悟に満ちている。

 何のために警察官になったか――理由は人それぞれであるが、少なくとも目の前で自殺しようとする人間をぼんやり見送るためではない、それだけは全員が同じ気持ちであった。


「あぁ……すみません……しまった、久しぶりだったから警報鳴らしちゃったな……」

 少年が深々と頭を下げる。

 厚手のコートに袖のないベスト、首周りにはひらひらとした布クラヴァットを巻き、そのズボンは膝下までの長さしかないブリーチズである。

 ロココ様式を思わせる優美な衣装は黒を基調としており、貴族然とした格好でありながら、他者をどこか不安にさせる。服装を彩るフリルの白と相まって、鯨幕を思わせるからだろうか。


「僕は……こういうものです」

 少年の細腕がコートの内側に入り込み、あるものを取り出した。

 幸福そうな笑顔を浮かべた――生首である。

 一体コートの内側にどれほどの数を隠し持っていたのか、その数は三十を超える。


「さ、殺戮刑事……!!」

 百聞は一見に如かず、生首は一目で分かると言うように、自身が殺戮刑事であることを示したければ警察手帳よりも生首の方がわかりやすい。生活の知恵である。

 後ずさる警察官達を尻目に、少年は無造作に壁の方に歩いていき、そして掲示されていた『署内禁煙』の張り紙を破り取った。そして『署内禁煙』の張り紙でくるくると何らかの草を巻くと、ライターで着火した。甘ったるい煙が周囲に立ち込める。


 瞬間、警察官たちから恐怖の感情は消えていた。

 圧倒的な喜びに包まれ――バッドリへの好感すら抱いている。

 その時、警察官は思い出した。


 親しみやすい殺戮刑事ランキング、一位。

 所属を明かせば誰からも恐怖される殺戮刑事の中で、ただ一人、一般市民からも愛されるマスコット的な存在がいると。


 名を――

 

***


「バッドリ惨状、出勤しました」

 甘ったるい煙を振りまきながら、バッドリ惨状が出勤する。

 

「おはよう、バッドリ。久しぶりだね」

「ケヒャァッ!おはようございます!!バッドリくん!!」

 殺戮刑事課の室内には業魂と殺死杉ころしすぎの二人だけである。

 当然、課長である業魂は一番偉いので玉座に、殺死杉は電気椅子に座っている。


「いや、すいません……いきなり長期休暇貰っちゃって、いつも吸ってた薬物が法規制されちゃったんで、新しいものを海外まで仕入れに行ってたんです……あっ、これお土産の殺しても大丈夫なまだ生きてる犯罪者です」

 バッドリは各々のデスクに生首の内、まだ意識があるものをぶちまけると自身の電気椅子に腰掛けた。他の殺戮刑事のために殺していない犯罪者を用意できるバッドリは殺戮刑事の中で最も他者に気を遣える方の人間である。


「ケヒョォーッ!これは最高ですねェーッ!!アメリカ産のヤクザだァーッ!!シリアルキラーもいますねェーッ!!」

 早速、生首にトドメを刺し始める殺死杉と温かな目線を向ける業魂。

 そして禁止する法律の存在しない薬物を吸引するバッドリ。

 現代日本で殺戮刑事が必要な事件が絶えることはないが、それでもこの一瞬だけは穏やかな時間が流れていた。


「ところで……二人だけですか?懲役五十六億七千万年人類のゆりかごから末法までのデスラさん……はしょうがないとしても武田さんと村焼きさんはいると思ったんですが……」

「まぁ、基本的に殺戮刑事は忙しいからね。こうやってのんびりと生首にトドメを刺したり、将来的に規制される薬物を吸引するっていうのもなかなか得難い時間だよ」

「それもそうですね」

 その時、重い湿った音が室内に響き渡った。

 絶命した生首がゴミ箱に放り捨てられる音である。


「ケヒャァーッ!ケヒャヒャァーッ!!いやぁ、ありがとうございますバッドリくん、最高の土産でしたよ」

「ンヒ……喜んでもらえて光栄です。僕、他人が殺してるのを見るのも好きなんで」

 実際、バッドリ惨状の他人が他人を殺す姿を見ても満足できるというのは、殺戮刑事には珍しい性質である。

 基本的に同じ殺戮刑事であっても、獲物を奪い合うキルスコアライバルである。

 その中にあって、死ぬ寸前まで痛めつけてトドメを他人に回せるバッドリ惨状は殺戮刑事課の潤滑油的な存在であった。


「さて、殺死杉にバッドリ、君達は迷惑系動画配信者の鬼血王子を知っているかな?」

「……すみません。僕、動画は大麻で料理をつくるものしか見ないので」

「私も動画は石鹸を削る奴と焚き火しか見ませんねぇ」

「まぁ、知らないなら知らないで良いだろう。この前、その鬼血王子が生配信中に突撃した居酒屋の店主に殺害されたんだ」

「生配信中に?しかし、それなら殺戮じゃない刑事事件になりませんか?」

「私は殺せるなら何でも良いですけど」

「それなんだが、鬼血王子の生配信が迷惑の度を超えた暴力チャレンジ動画だったばかりに、正当防衛が適応されて、鬼血王子殺人事件は正当防衛として処理されてしまったんだよ」

「正当防衛でクズが殺されたのならば、それこそ僕たちが介入する余地が無いような気がするんですが……」

 頭に疑問符を浮かべるバッドリ、その一方で殺死杉が納得したように頷く。


「ハハァ、その居酒屋店主の方にも別件があったんですね」

「そうなんだ、彼十年来の悪質ボッタクリ居酒屋の店主にして快楽殺人者だったことが判明して、証拠もある。だが、今回彼を裁く法律が日本国にはないんだ」

「えっ……ちょっと待ってください、快楽殺人者で証拠もあるのに裁く法律が無いっていうのはどういうことなんです?」

「うん、つまり悪質ボッタクリ居酒屋の店主は、

 殺殺殺 死死死 血血血 滅滅滅 槍X ←槍ロンギヌスと言うんだがね。そのロンギヌスの賢いところは来店した客を神にしてしまうんだ。お客様は神様だからね」

「なるほど……知能犯ですね……人を殺せば殺人罪ですが、神殺しに対応する法律は日本国には存在しない」

「殺りたい放題ですねェーッ!!!」


 法律の穴を突いた恐るべき殺人――否、殺神トリックであった。

 犯罪が露見したところで対応する法律が存在しない、そしてその後に法律を制定したとしても法律不遡及の原則によって、その犯罪を裁くことは出来ない。

 完全犯罪を超えた完全犯罪と言えるだろう。


「なるほど、そこでそもそも法律とかが関係ない私達殺戮刑事の出番ということですね」

「うん、そういうことになるね。というわけで頼むよ殺死杉、そしてバッドリ」

 一切の脂肪も無ければ、水分も無い業魂の乾いた手が超小型爆弾と共に殺死杉とバッドリの肩に置かれる。


『あと三十秒で爆発します』

 肩の超小型爆弾が感情のない電子音声で死の予告を行う。


「ケヒャァーッ!!!」

 殺死杉が思わず叫ぶ。

「うわぁ~~~~っ!!!」

 バッドリも叫ぶ。


「市民の安全のために神殺しの犯罪者を処刑してきてくれ」

 業魂の周囲にバリアが展開される。

 二つの爆弾が爆発しても、業魂が死ぬことはない。


「ケッヒョォ!!」

 殺死杉は爆弾を肩から引き剥がそうとしたが、肩にくっついて剥がれない。

 凄い接着剤を使っているらしい。


『あと二十秒で爆発します』


「この爆弾はね、街一つ吹き飛ばす威力を一点に集中させて、人一人を確実に殺害するように出来ているんだ」

 アルカイックな笑みを浮かべた業魂が無慈悲に告げる。

 業魂は強い殺戮衝動に呑まれた殺戮刑事達の中で唯一、自身の衝動を完全に制御している。故に何の感情も持たずに意味のない殺人を行うことが出来るのだ。


「しかし、私一人を殺害することは出来ませんよォーッ!!」

 一瞬の判断である。

 殺死杉は料理から殺人まで用途の幅広い万能愛用ナイフを取り出し、肩肉ごと爆弾を抉ろうとした。

「待ってください殺死杉さん!」

 だが、それを制するバッドリの声。

 強めの違法薬物を吸引し、その目は蕩けている。

 右手には『署内禁煙』の紙巻き薬物ジョイント、そして左手には自身の肩から剥がされた超小型爆弾。


『あと十秒で爆発します』


「クスリの力を使うんです……僕は薬物が大好きなので、接着剤をいい感じにするクスリも持っています!」

「さすがバッドリくん!!頼れる男です!」

「今、僕が吸っているクスリの煙は接着剤の粘着成分をめちゃくちゃにし、人体もめちゃくちゃにし、脳だけを気持ちよくする、僕が持ってきたクスリの中で強めの奴です!この煙を肩に浴びせてください!ついでに煙も吸ってください!気持ちよくなりますから!」

「さすがバッドリくん!自分だけでなく周囲も破滅させようとする姿勢は一点もののカス!ですが煙だけはありがたく受け取っておきますよォーッ!!!」

 殺死杉は肩の超小型爆弾を剥がすと、ついでにバッドリの超小型爆弾も受け取り、窓から空へ向かって放り投げた。

 バァン。バァン。

 人二人を殺すにはあまりにも乾いた、軽い爆発音がした。

 だが、見上げた空には――異様なる色彩のヒビが二つ。

 空間すら砕くほどの威力の爆弾であったというのか。


「業魂さん!いくらなんでもやりすぎですよ!」

 頬を膨らませてバッドリが怒気を顕にする。

 精神の安定のためか、先程よりも煙の量が増えている。


「いやあ、ごめん、ごめん。殺戮刑事の生命に価値なんて無いから、ついつい生きてても死んでてもいいか、って気持ちでついやってしまうんだ」

 業魂が頭を下げる。


「奇遇ですね……私も同じ気持ちですよォーッ!!!!」

 その首を斬り落とさんと殺死杉がナイフを振り下ろす。

 だが、そのナイフが切ったものは肉ではない、空だ。

 既に業魂の姿は、殺死杉の背後にあった。

 超高速移動である。


「チェーッ!!課長ばっかり生殺与奪権を握っちゃって!たまには私にも課長の生殺与奪権を握らせてくださいよ!」

「悪いけど、自分よりも弱い生命に生殺与奪権を握らせる気はないんだ」

 殺死杉の首元には業魂の手刀が当てられている。

 極まった素手――あらゆる魔剣をも超える最強の武器である。

 ほんの少しでも業魂がその気になれば、殺死杉の生命は輪廻からも消滅するだろう。


「業魂さん!殺死杉さんを解放してくださいよ!」

 奇妙にくぐもったバッドリの声。

 煙は先程よりも濃くなっている。


「おっと、やりすぎたね……」

 気づけば、業魂は自身の玉座に戻っていた。

 その動きは殺戮刑事ほどの人間の目にも留まらぬ――ただの殺戮刑事とその課長にはそれほどの差があるのだ。


「相変わらず恐ろしい人ですねェーッ……」

「ほら、殺死杉さん。これを……」

 思わず総毛立つ殺死杉にバッドリが殺死杉にガスマスクを手渡す。

「おっと、ありがとうございます。バッドリくん」

 その時、業魂の嗅覚が強い薬煙の中に混じった毒の臭いを捉えた。

 

「一吸いで十八回は死ねる超毒ガスです、まぁこんなもので死ぬとは思っていませんが」

「何事も挑戦ですからねェーッ!!では!!」

 バッドリと殺死杉は室内を出た瞬間に、ドアの溶接を行い、完全に密封された殺戮刑事課を後にした。

 キルスコアは足で稼ぐ――いつまでも課長と遊んでいる時間はない。

 今、この瞬間にも殺殺殺 死死死 血血血 滅滅滅 槍X ←槍ロンギヌスによる被害が出ているのかもしれないのだ。


 いざ行かん、居酒屋『デス・ボッタクリ』。

 市民の安全と平和を守り、自分の殺人欲求を満たすため。

 殺戮刑事は一石二鳥のお得刑事である。

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