取調室には棺桶を引きずっていく殺死杉(ころしすぎ)刑事
春海水亭
1.居酒屋デス・ボッタクリ
主な配信内容は食い逃げ
数多の食い逃げSA動画によって鬼血王子は人気動画配信者となり、月に数百万の動画収益を上げることとなったが、動画の人気は飲食店の食い逃げへの警戒を強めることとなった。
一般的な飲食店には鬼血王子の手配書が出回り、彼の顔が確認された時点で警察が駆けつける始末。
「……厭な時代だ」
夜の公園のベンチに腰掛け、鬼血王子は独りごちる。
その手には特大サイズの宅配ピザ。
独りごちながら貪り、貪りながら独りごちる。
宅配ピザは鬼血王子の自宅に届けられたものではない、散歩中に運搬バイクが走っていたので食い逃げ犯の脚力で追いついて、誰のものとも知れぬピザを奪ったのである。逃げ足の速さは追う足の速さにも活かされるのだ。
「昔の飲食店には人間のぬくもりがあった、店に食券や事前の支払い制度はなく、店主には客がちゃんと金を持っていると信じる心の優しさがあった。それをなんだ……今の時代は金、金、金……料理人は皆、金の亡者に成り果ててしまった」
大きく溜息をつき、鬼血王子は日本の未来を憂う。
食い逃げ動画配信で金を稼げない国に未来はあるのか。
「確かに金は大切だ、私も多少の脱税はする。だが、金が全てではないだろう?金を払う気のない人間に気持ちよくメシを食わせてやろうという心の豊かさこそが何よりの財産ではないのか?」
鬼血王子はベンチから立ち上がり、近くの自動販売機へと向かった。
そして、食い逃げで鍛えた脚力で自動販売機を蹴り続ける。
そのうちに自動販売機が壊れて、滂沱の涙の如くに大量のジュースを吐き始める。鬼血王子はその光景に『【無料でジュースをゲット出来るお得情報】自動販売機が壊れるまでキックしてみた』というタイトルをつけて動画配信サイトにアップロードした後、ペットボトルのコーラを手に取って再びベンチへと戻った。
蓋を開けば、ぷしゅと小気味の良い音が鳴る。
甘く冷たく刺激的な黒い液体が鬼血王子の喉をするりと通り抜けて胃に落ちる。
「人間は自動販売機を見習うべきではないのか?そうだ。私にこのような扱いを受けても文句の一つも言わずに健気にジュースを吐く様、これこそが日本人の美徳というべき……」
思わず鬼血王子は目を見開き、ジュースを吐き出し続ける自動販売機を見た。
「そうだ、自動販売機は逃げなかった。私の蹴りの全てを受け止め、優しくジュースで応えてくれた。これは私にも同じことが言えるのではないか?料理人にとって料理とは一回一回が勝負、ならば私も逃げではなく攻めで応じるべき……食い逃げではない、料理と金を出すように暴力で脅す……食い逃げの時代は終わった!これからは食い攻めの時代だ……!!!」
鬼血王子は食い改めた。今すぐにこのアイディアを確かめてみたい。
空のペットボトルとピザの空き箱をその場に投げ捨てると、鬼血王子は飲食店検索サイトで★評価がマイナス悪質ボッタクリ店の検索を開始する。
ボッタクリ店ならばおそらく金を持っているだろうし、ボッタクリ代金を踏み倒すわけなのだからお得度も高い、さらに最近はボッタクリ店に突入する動画の配信も流行っているので一石二鳥どころの話ではない。
「これは……っ!」
ページをスクロールしていく内に、鬼血王子の目に一つの店が止まった。
居酒屋『デス・ボッタクリ』 評価:-87091804180
★☆☆☆☆
あの世からレビューを書いてます、行ったら殺されました。
料理は美味しかったので★を一つ付けます。
二度と行きたくないです、もう火葬されてるので行けませんが。
☆☆☆☆☆
店長に殺されました、最悪の店です。
腹いせに祟り殺そうとしましたが失敗して霊力を失いました。
今はこのレビューを書くので精一杯です。
★★★★★
メニューは全品無料の上に美味しく、店長の人柄も良い最高の店です。
しかもアクセスも最高で、駐車場の代わりに他の店の入り口のところに止めてもいいって言われました。最高の店です、レビューを書いたので助けてください。
★★★★★
殺したい奴に紹介したら死んだので良かったです。
「……この店だ」
食い攻めを始めようとした瞬間に、これ程までにふさわしい店に出会うことになるとは――運命は自分に味方をしている。そんな確信すら湧き上がる。
位置的にも徒歩五分の繁華街にある近場のボッタクリ居酒屋だ。
「私の新たなる戦いはここから始まる……!!
足技を中心に組み立てるタイプの動画配信者鬼血王子は、戦闘の際に両腕をフリーに出来るという長所を持つ。
鬼血王子はカメラを右手に生配信を開始する。
フェイクボッタクリ店突撃ではない――リアルなボッタクリ店との戦いだ。
おそらく最高の人気動画になるだろう、動画配信終了後にはこれまで以上の脱税の準備が必要となるだろう。未来に手に入れるであろう富と、国家権力との新たなる戦いを思いながら鬼血王子は店へと徒歩で向かう。
「え~っ、日常生活をお得にするためのライフハック配信者の鬼血王子魯殺人で~す!!今日は普段は食い逃げ動画の配信をメインに、サブチャンネルで万引きをしているんですが、今日はボッタクリ店に突撃してみたいと思いま~す!!今日は皆さんの大好きな犯罪の中でも最上位の奴が見れるかも……あっ、スパチャありがとうございま~す、違います、外患誘致罪ではないです」
徒歩五分の距離をたっぷりと期待を煽りながらゆっくりと歩く。
居酒屋デス・ボッタクリ、行けば鬼が出るか蛇が出るか。
いずれにしろ血が出ることだけは間違いない。鬼も蛇も血液は流れている。
「お兄さーん?お店探してます?」
「二時間五百円の店ありますよー!安いですよー!」
「誰でもいいから殴りたい人いますか!?俺も殴りたい!!暴力シェアリングしませんか!?」
「フリーバグやってま~す!電子機器めちゃくちゃにされたい人いませんか~?」
繁華街は誘惑の声に満ちている。
誘うもの、誘われるもの、皆が欲望を満たさんと獲物を探す。
鬼血王子は誘惑の声をするりとくぐり抜けて、目的の店を探す。
華やかな表通りから、月の明かりにすら見放されたような路地裏へ。
路地裏は建物の立地の関係か何故か外の光が射し込まない、消えかけたネオン看板の『安全』『安心』『店主にとっての』の明かりを頼りに、『お客様を養分にして立派に成長しましたビル』の三階。居酒屋『デス・ボッタクリ』を目指す。
「え~っ、目的の『デス・ボッタクリ』はまもなくですね……あ、スパチャありがとうございま~す、え~っ!?そんなに言うなら外患誘致にも手を出してみよっかなぁ」
ユーザーからのコメントに返信していると、とうとう鬼血王子は『お客様を養分にして立派に成長しましたビル』へと辿り着いた。
無機質な外観のビルはまるで巨大な墓標のようであった。
総階数は二十階ほどか――否、今鬼血王子の目の前で一階分ほどの成長を果たしている。二十一階はありそうだ。お客様を養分にして、の名は伊達ではないらしい。おそらく外観以上の実力をこのビルは有している。
「あ~、ヤバいですね。濃厚な死の匂いを感じます」
鬼血王子の身体から滝のような汗が流れ始める。
下半身に力を入れなければ、失禁もしていただろう。
人間が恐怖を前にそうするのは、少しでも身体を軽くして早く逃げるためである。
「逃げたくてしょうがないんですが、これからは食い逃げじゃなくて攻めの時代ですからね……じゃ、殺りましょうか」
鬼血王子は入り口からビル内に潜入することを拒み、重力を無視した動きで垂直に外壁を駆け上がった。
マトモにやるには分が悪そうな相手である。
速攻型の食い攻めで相手が来店の準備を整える前に攻め潰し、ボロボロになった相手に調理をさせる他無い。
「すいませ~ん、予約無いです!金も無いですし慈悲も無いです!殺意だけしか無いんですけど入れますか~~!?」
居酒屋デス・ボッタクリの窓を蹴破り、鬼血王子は店内へと暴力的入店を果たす。
店内は一般的な居酒屋の内装といった感じである。
壁面には数々のメニュー札が掲げられているが、その値段は全て無料である。
鬼血王子は四人がけテーブルの上に着地する。
「らっしゃっせー!!」
よく通る快活な声が鬼血王子を迎え入れる。
だが、声だけではない。にこやかな表情の店長がその手に持った槍で鬼血王子の心臓も迎え入れる。
(奇襲が読まれていた!やはり逃げにしておくべきだったか……)
「あー、お客さん動画配信者ァ?スナッフ動画になっちゃいましたねぇ!ハハハ!!」
撮影用のカメラはしばらくは真っ直ぐに居酒屋『デス・ボッタクリ』の店長のにこやかな笑顔を映していたが、まもなくゆっくりと倒れて『デス・ボッタクリ』の床を映し始める。埃一つない美しい床を鬼血王子の血液だけが汚している。
「というわけで、この動画をご覧の皆さん!居酒屋デス・ボッタクリは窓からの入店は禁止となっております!玄関からちゃんと入ってきてくださいね~!それでは皆さん!美味しい料理と素敵なおもてなしの居酒屋デス・ボッタクリ!本当に最高の店なのでご来店をお待ちしております!!」
言い終えた瞬間、店長が撮影用のカメラを破壊する。
もう、彼の動画配信用ページに動くものは映し出されない。あるのはただの暗闇だけだ。
その動画は鬼血王子魯殺人が配信したものの中で最多の再生回数を記録したという。
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