第2話『プロの世界は甘い』。そして弱小野球部である僕らの『存在意義』
僕の名前は西井勝彦。二年生でショートを守っている。チームのエースは三年生の西山さんと中田さんの二枚看板。二人とも右投げ右打ち。同じく二年生投手は河本と竹地。河本も同じく右の本格派であり、竹地は右のサイドスロー。受けるキャッチャーはレギュラー捕手の山田さん。三年生だ。そして二年生の控え捕手が中村。後のメンバーはそのうち紹介したい。信長監督は就任してから一週間後、一度ミーティングを開いた。この春に入部してきた一年生の紹介とかもあり。そこで信長監督はとんでもないことを僕らに聞いてきた。
「一週間だけお前らの練習を黙ってみてきた。まあ今のままならこの夏は例年通りだな。抽選次第で一回か二回勝てれば御の字レベルだ。この大阪府は出場校も二百近い。お前ら満願高校も一回戦、二回戦で消えていくレベルだな」
僕らは信長監督の言葉を聞きショックを受けることはなかった。だって言ってることが本当のことなんだもん。僕らの学校名である満願高校は野球よりも『略してまんこー』であることの方で有名である。信長監督の言葉は続く。
「お前らに聞きたいことが二、三ある。答えられる奴は手を挙げろ。一つ目。『プロの世界は甘い』。俺はそう思っている。お前らはどうだ?」
え?『プロの世界』が甘いだって?それはないでしょ?と思う僕。多分他のチームメイトも同じように考えているはずだ。誰も手を挙げない。そして信長監督が言う。
「キャプテンの市井。お前はどう思う」
キャプテンでありファーストのレギュラーである三年生の市井さんが名指しで信長監督から聞かれる。
「はい。監督がおっしゃる『プロの世界が甘い』というのはどういう視点から考えればいいのでしょうか?」
「言葉通りだ。分からんか」
「すいません。僕には分かりません」
そして信長監督が答えを言う。
「理由は一つだけ。プロは『敗けていい』。高校野球は『敗ければ』そこで終わる。その違いだ」
ざわつく僕ら。確かに信長監督の言っていることは現実であり正論だ。
「野球にもいろいろな種類がある。その中でも大きな違いがリーグ戦とトーナメント戦の違いである。大学野球も同じく。大学野球はリーグ戦だからな。社会人は違う。一発勝負のトーナメントだ。プロ野球の世界を見れば分かるだろう。野手で大学卒と社会人卒、同じ即戦力でも社会人卒の方が圧倒的にメンタルが強い。そしてお前らがやってるのは高校野球。トーナメント戦だ。練習試合はいくらでも敗けていい。ただ、公式戦は敗ければ即終わる。だから俺はメンタルを一番に鍛える。次の質問。『野球とは何のスポーツだ』。分かるか?」
またもざわつく僕ら。野球は何のスポーツかって「球技です」とか「団体スポーツです」とか。ありきたりなことしか頭に浮かばない。そして誰も手を挙げない。信長監督が近田さんを指名する。三年生でサードのレギュラーの近田さん。あの一週間前の監督の真っすぐに唯一バットを振った先輩だ。
「先ほど監督がおっしゃった『メンタルのスポーツ』ではありませんか?」
「それはさっき俺が言った。確かにそれも正解ではある。だが俺が求めている答えとは違う。正解は『確率のスポーツ』だ。考えてみろ。打者なら打率、投手なら防御率、捕手なら盗塁阻止率、他にも守備率などあるがすべてに『率』の言葉がついておるだろう。野球は『確率のスポーツ』である。これを頭に叩き込んでおけ。そして三つ目。お前らの『存在意義とは何だ』。分かるか」
またもざわつく僕ら。そして誰も手を挙げない。
「西井。お前はどう思う?」
え?僕ですか?三年生ではなく二年生の!?そして答えなければいけないので僕は言う。
「先輩たちの伝統を守り、それを下の代へとしっかりと教えていくことだと思います」
精一杯の僕の答え。本当は「私立の強豪校の生贄であることです」と心の中では思った。信長監督は意外なことを言った。
「まあ、それも大事だ。ただ『伝統』の意味をはき違えている。これはまた後で説明する。そしてお前たちの『存在意義』だ。それはお前たちが『高校球児であること』である。三年生に二年生、そして新入部員の一年生。お前らは皆それぞれが甲子園を目指して野球をやってきたのだろう。続けてきたのだろう。確かに強豪校と比べると心技体すべてにおいて劣るのかもしれん。ただ、お前らも『高校球児』である。その時点で日本の高校野球界を担って居る。大切な存在なのだ。上手い選手や強いチームだけが主役ではないのが『高校球児』の根本である。日本の野球界においてもお前たちの存在は一人ひとりが大切な存在であることを忘れるな。それがお前らの『存在意義』である」
僕らと信長監督との最初のミーティング。それは僕らに衝撃と自信を与えてくれた。確かに信長監督が言ったように強豪校だけでは高校野球は成り立たない。
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