第13話 折目

最近は青い春を感じられない。


学校でも杉野さんがよく話しかけてくれるけれど、自分がそれを求めていないようにすら思える。


私はただぼんやりと進む時間を肌で感じながら、屋上の温かいアスファルトで力を抜いた。


グラウンドからは体育をしている学生の声が聞こえる。


保健室に行くなんて嘘をついたのがバレたら先生に叱られるだろうな、と思いながら受ける風はいつも以上に心地がいい。


「サボりバレたら怒られるよ」


心臓が限界まで跳ねたのが分かった。

私は身体を起こすも、聞き馴染みのある声にあえて振り返らない。


「杉野さんも優等生じゃないね」

「由佳ちゃんの影響かな?」


私は空笑いをして「どうしたの?」とぶっきらぼうに訊く。杉野さんはあの日の私のように手すりに身体を預けると、ゆっくりと息を吸った。


「由佳ちゃん、私のこと避けてない?」

「…そんなことないけど」

「嘘つくの下手だね」


杉野さんは「そんなんじゃ幸せになれないよ」と声だけで笑って見せる。私は「嫌いとかじゃないの…」と呟いて手すりの前にしゃがみ込んだ。


「私といると健君を思い出すって感じ?」


杉野さんの鋭さはほんとに恐ろしい。

私は小さく頷いて唇を噛む。


「由佳ちゃんってほんとに健君のこと好きなの?」

「…え?」


思いも寄らないことを訊かれて戸惑う私。

杉野さんはそんな私を横目に空を仰いで話を続けた。


「私からしたら、由佳ちゃんは健君に依存してるだけに見えるけど」

「依存…?」

「健君、彼女できたことないらしいけど、由佳ちゃんのせいかもね」

「それってどういう…」


話が飛び過ぎていて頭が追いつかない。杉野さんの言いたいことをただ一方的に押し付けられているような気がして、私も少し口調を強める。


「何その言い方、私のせいってどういう意味?」

「由佳ちゃんがずっと健君にまとわりついているから、他の女の子はアタックできないし、健君も依存体質の由佳ちゃんが心配で彼女作れないんじゃないの?」


私の圧が一瞬で吹き飛ばされて声が震える。


「で、でも、健君は私のこと…」


これが最後の切り札のつもりだった。

健君も私のことが好きだという憶測。

でも、言い終わる前に負けたと分かった。


「――告白されたことないんだよね?」


杉野さんの言葉が突き刺さって、身動きが取れない。

何も言い返すことができなかった。私の勝手な妄想よりも鋭い杉野さんの主張の方が圧倒的に説得力があるのは自分でも分かる。


「そうかもしれないけど…」

「そろそろ解放してあげなよ」


私を悪者みたいに扱う言い方に、抵抗する自尊心が自分にはなかった。ふと助けて欲しいと思い浮かべた顔は、自分の犯した罪を自認させる。


だんだんと目が熱くなるのを感じた。

声を出す暇もなく、込み上げる何かを必死に抑える。


九条君との関係も、杉野さんとの距離も、授業も天気も、さっきまでと何も変わっていないはずなのに、ただ自分の中で生まれた変化に私自身が追いついていない。


そこに「2人のことは応援してるよ」と言ってくれた杉野さんの面影はなかった。また私が知らぬ間に何かをしてしまったのかもしれない、と自分を責めるも得られるものは温い涙だけで、答えのない問いに吐き気が襲う。


酸素の足りなくなった視界は白く霞んでいて、夢であるような心地さえした。

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