第11話 調査

亜紀ちゃんはさながら探偵になりきった様子で、私の席まで歩いて来た。私が思うに、きっと亜紀ちゃんは真面目に調べる気がない。


「大庭由佳さん、今回はどのようなご依頼で?」


亜紀ちゃんは渾身の低い声で問いかけながら、深く帽子を被り目元を隠して私の前の席に座った。そういったノリに乗る癖がある私は、ついつい想像の世界へと足を入れてしまう。


「最近、主人の帰りが遅くて…シクシク」

「なるほどねぇ、それで浮気してるんじゃないかと?」

「はいぃ…」


亜紀ちゃんはすっと立ち上がると、コートを肩にかけて帽子を脱いだ。


「まぁこの名探偵アキンに任せなさい」

「…アホームズの間違いでしょ!」

「失敬な!」


亜紀ちゃんはポケットから四角いケースを取り出すと、「この店で一番の変装グッズだよ」と言って私に眼鏡を手渡してきた。


設定がブレているような気もしながら、私は亜紀ちゃんのいうとおり眼鏡をつけてみた。


「ほぉ、君は変装の素質があるねぇ…」

「多分何も変わってないと思うけどね」


亜紀ちゃんは顎をさすりながら微笑んだ。

とりあえず九条君のバイト先に行かないことには何も始まらないので、私はおままごとを中断させて学校を出た。


ただ、重要な問題がある。九条君が働いているお店は居酒屋なので、私たち高校生が簡単に出入りできる場所ではない。


だからこそ、こうして眼鏡をかけ―――変装をしたわけなのだけれど、心は変わらず高校生である私はバレないかどうか心配でドキドキしている。


「確か前にこの辺って言ってたような…」

「あ、あれじゃない!?」


亜紀ちゃんが「90分飲み放題2900円」と書かれた看板を指さす。

私たちはそっと店の扉を開け、中を見回した。


かなり広いお店のようだけれど、すでにオープン席はちらほら埋まっていて、意外と賑わっている様子だ。不覚にも扉のじゃらんじゃらんという音に反応して、店員さんがこちらへ寄ってきた。


「いらっしゃいませ~、何名様でしょうか?」

「あ、2名です」


私たちのことをすごく凝視して来る店員さんに対して、同級生だったらどうしようと思いつつ、私たちは個室のテーブル席へと案内された。しかし、ここからだとキッチンが偵察できない。


「1杯目いかがいたしますか?」

「へっ!?あ、えっとオ、オレンジジュースで…」


私は突然の質問に慌てて答える。

亜紀ちゃんも「同じので!」と笑顔で返した。


「く、九条君いるかな?」

「う~ん、どうだろうね??」


亜紀ちゃんは個室の扉から顔を出し廊下を眺め始めた。

とても恥ずかしいのでやめてほしいけれど、ここからは廊下を通る店員さんを見ることもできないので偵察はこの勇者に任せるしかない。


「ちょっとキッチンの方も見てくるね!」

「え、あ、ちょっと…!」


亜紀ちゃんは元気にそう言い残して、廊下へ飛び出していった。私は追いかけることもできず、ただじっと席に留まっている。


しばらくして個室の扉が開いた。


「あ、亜紀ちゃんどうだっ―――」


てっきり亜紀ちゃんが戻ってきたのかと思ったけれど、そこにはオレンジジュースを2つ持ってきた店員さんが立っていた。


「あ…、あ、ありがとうございます」

「由佳ちゃんだよね?」

「え?」


突然の名前に私は店員さんの顔を見上げる。

見覚えのある顔だった。


「杉野さん…?」

「え~覚えててくれたんだ!」

「う、うん」

「ていうか、まずいよ!高校生が居酒屋来ちゃ!」


杉野さんは「ほら!」と言いながら、私のカバンと腕を引っ張った。そのまま店の外まで連れて来られた私は「お金払ってないよ!?」と杉野さんに言う。


「それは私が払っておくから。それより制服着た女の子が居酒屋にいたらまずいでしょ?」

「確かに制服だった…!」


完全に盲点だった。眼鏡なんてつけて変装した気でいたけれど、確かに学校から制服のまま来たのだ。


「中にまだ友達が…」

「あぁ、それならさっきキッチンで捕まってたよ」

「亜紀ちゃん…!」


杉野さんはそのまま私の腕を引っ張って居酒屋の裏口へと回った。


「どうしたの、居酒屋なんて来て」


杉野さんは相変わらずの堂々とした口調で訊いてきた。さすがに「九条君が…」とは言えなくて、ちょうどいい言い訳を探す。


「健君なら今日はバイト休みだよ?」


避けようとしていた言葉がもろに飛んできて私は動揺した。というか、杉野さんから九条君の名前が出てきたことに鼓動が速まった。


杉野さんは私たちと中学校が一緒で、実は高校も同じなのだ。ただ、私とは一度も同じクラスになったことがないので話したことはない。


高校に入学する直前に杉野さんが九条君に告白したことは、入学式の日に九条君から聞いていたので、こうして杉野さんから九条君の名前が出ることになんだか違和感を覚えるのだ。


「杉野さん、…どうして九条君の同じバイト先なの?」

「それってどういう意味?……あぁ、由佳ちゃんが心配するようなことはないから安心して。私は友達として九条君と仲良くしてるだけで、2人のことは応援してるよ!」

「仲良くって言うけど、九条君の噂は…」


私は杉野さんの口調になんとか負けないように抗う。


「あれは…、気の毒だけど本当かもね」

「で、でも九条君は何か言いたいことがあれば言ってくれる人だよ!?」

「…そうやって都合が悪くなると騒ぐから言えないんじゃないの?」


杉野さんの的を射た切り返しに押し負けてしまう私。

弱気な私を見かねてか、杉野さんはポケットからスマホを取り出し「まぁ話は聞くから連絡先を交換しようよ」と提案してきた。


明るく悪気のない感じが逆に怖い杉野さんだけれど優しいところもあることが分かった。九条君が私を避けているという噂に関しては、杉野さんの責任じゃないし八つ当たりするのは間違っている。


私は気持ちを切り替えて軽く謝罪し、笑顔でスマホをカバンから取り出した。


杉野さんは連絡先を確認すると、「よし。そろそろ戻らなきゃ」と私に手を振って、裏口からお店の中に入っていった。


結局九条君の噂について真相を得ることはできなかったけれど、杉野さんと連絡先を交換できたことはとても大きい。


杉野さんから九条君のことを訊くこともできるし、今頃店長さんに怒られているであろう亜紀ちゃんよりは使い物になりそうだ。


私は焦る気持ちを落ち着かせて、裏口から表通りに出た。

お店から出てくる亜紀ちゃんを待つこと数分、ようやくお店の扉が開いた。


「あ、亜紀ちゃん…」

「ゆがぢゃ~ん!!」


鼻水を垂らした亜紀ちゃんが駆け寄ってくる。

よしよしと亜紀ちゃんの頭を撫でながら、私はお店に頭を下げた。

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