【短編】「私は最初からこの部屋にいましたよ」

まほりろ

第1話「私は最初からこの部屋にいましたよ」

「アルーシャを呼んで下さい!」


マイ伯爵家の次男、エデル・マイが叫んだ。


ここはノンネ伯爵家の応接室。


マイ伯爵令息の隣には、彼の父であるマイ伯爵が座っていた。


マイ伯爵令息の向かいの席には、ノンネ伯爵が座り不機嫌な顔で、腕組みしている。


私はマイ伯爵令息の横に立ち、紅茶を淹れた。


「どうぞ」


と言ってマイ伯爵令息の前にティーカップを置いたが、彼の反応はない。


伯爵家の令息はメイドになど興味がないようだ。


私は壁際に戻り、部屋の様子を伺うことにした。


「見苦しいぞエデル。

 お前と娘のアルーシャとの婚約はすでに破棄されている。

 アルーシャはお前と話すことなどないだろう。

 それからお前はもうアルーシャの婚約者ではない。

 馴れ馴れしく『アルーシャ』と呼ぶのは止めてもらおう。

 今後は『ノンネ伯爵令嬢』と呼ぶように」


ノンネ伯爵がマイ伯爵令息を睨み、冷たい口調で言い放つ。


「マイ伯爵、そなたはエデルの監督責任がある。

 エデルに契約を守らせろ。

 契約を破ったらどうなるか分かっているな?」


「もちろんだ、ノンネ伯爵。

 息子に無茶はさせない、契約は守らせる。

 エデルには我が家で然るべき処置を施す」


マイ伯爵は、「エデルに然るべき処置を施す」と言った。


おそらくマイ伯爵はマイ伯爵令息にとても重い罰を下すつもりなのだろう。


マイ伯爵令息の末路は良くてマイ伯爵家の屋敷に生涯監禁、悪くて強制労働所行き。


「お願いします! ノンネ伯爵!

 アルーシャに合わせて下さい!

 アルーシャに謝罪したいんです!」


マイ伯爵令息が騒ぐ、その様子はまるで聞き分けのない子供のようだ。


「エデル、お前は自分のしでかしたことの意味を分かって言っているのか?

 お前はアルーシャという婚約者がいながら、ミリア・ザイツという男爵令嬢と浮気したのだぞ」


「そうですが……だからそのことについて謝罪を…… 」


「黙れ!」


ノンネ伯爵がマイ伯爵令息を一喝する。

 

「婿に入る分際で浮気をしただけでも許しがたいのに、お前はミリア・ザイツにこう言ったそうだな?


『アルーシャは親が決めた婚約者で一切愛していないし、これからも愛することはない。

 アルーシャと結婚したら、ノンネ伯爵家の敷地に離れを建て君を愛人として囲うよ。

 アルーシャと床をともにするときは必ず避妊薬を飲むよ。

 アルーシャとの間には子供を作らないと誓うよ。

 君と俺の間に出来た子を、アルーシャと俺の間に出来た子供として役所に届けよう。

 俺たちの子供に日陰の暮らしなどさせない。

 君と俺の間に出来た子供をノンネ伯爵家の跡取りにしてみせる』


とな」


ノンネ伯爵の言葉を聞いたマイ伯爵令息は、真っ青な顔で口をパクパクさせていた。


マイ伯爵令息は、浮気相手の男爵令嬢に言ったことまで、ノンネ伯爵が把握しているとは思っていなかったのだろう。


「エデル、貴様の企んでいたことはノンネ伯爵家の乗っ取りだ!

 しかもお前はこのおぞましい会話を、学園でしていたそうじゃないか!」


ノンネ伯爵から事前にこの話を聞かされていたのか、マイ伯爵は微動だにしない。


「そ……それはなにかの間違いです!

 俺はそんなことを言っていません!

 信じてくださいノンネ伯爵!」


マイ伯爵令息が泣きそうな顔でノンネ伯爵を見る。


ここまできて泣き落としを使おうとは、なんと往生際の悪い男なのだろう。


私は壁際に空気になっていなければならない存在だが、マイ伯爵令息の浅ましさに心底呆れ、思わずため息が出てしまう。


私がため息をついたことは、幸い応接室にいた誰にも気づかれることはなかった。


「お前とミリア・ザイツの会話を、アルーシャと甥のレオンが聞いているんだ。

 エデル、それでもお前は誤解だというのかね?」


ノンネ伯爵が冷たい目で、マイ伯爵令息を睨む。


ノンネ伯爵がマイ伯爵令息を見る目は、ゴミを見る目だった。


「それは、ミリアが……ザイツ男爵令嬢が喜ぶと思って適当に言っただけで……ほ、本気ではなかったんです!

 ミリ……ザイツ男爵令嬢とは学園を卒業したら別れるつもりでした!

 俺が愛しているのはアルーシャだけです!

 俺はアルーシャのことを生涯大切にすると誓います!」


マイ伯爵令息は床に膝を付き、ノンネ伯爵の膝にすがりついた。


「汚らわしい手でわしに触れるな!」


ノンネ伯爵がマイ伯爵令息の手を払う。


バランスを崩したマイ伯爵令息は尻もちをついた。


そのはずみで飲みかけの紅茶がマイ伯爵令息のズボンにかかった。


私はメイドとしてマイ伯爵令息を放置するわけにもいかず、ハンカチを取り出しマイ伯爵令息のズボンを拭った。


真っ白いハンカチが紅茶色に染まっていく。


薔薇の刺繍入りのハンカチで、お気に入りだったのだが捨てるしかない。


マイ伯爵令息は、私に礼を言うこともなくソファーに座り直した。


私は壁際に戻り、空気に徹することにした。


「なにが『俺が愛しているのはアルーシャだけです』『俺はアルーシャのことを生涯大切にすると誓います』だ。

 お前はすでにアルーシャを傷つけている!

 お前にアルーシャの側にいる資格はない!

 婚約者のいる身で浮気をしておいて、『本気ではなかった』という言い訳が、通じると思うな!」


ノンネ伯爵は額に青筋をいくつも立て、絶対零度の視線をマイ伯爵令息に向ける。


ノンネ伯爵に睨まれ、マイ伯爵令息は萎縮していた。


「マイ伯爵、婚約破棄をしたときに交わした契約を覚えているかな?」


「もちろんです、ノンネ伯爵。

 今後エデルをアルーシャの半径一キロ圏内に近づけないこと……でしたね」


「そうだ。

 万が一この契約をエデルが破ったときは、エデルがノンネ伯爵家の乗っ取りを図ったことを社交界に広める……いやエデルをノンネ伯爵家乗っ取りの容疑で訴える」


低く凄むような声でノンネ伯爵が言った。


ノンネ伯爵に訴えると言われたマイ伯爵は、恐怖からか肩をブルリと震わせた。


「お待ちください! ノンネ伯爵!

 そんなことを言いふらされては、マイ伯爵家家名に傷が……いやマイ伯爵家の存続に関わります!

長男のルーウィーの結婚や、マイ伯爵家の仕事にも響く!

 エデルの愚行はどうか内密に……!」


マイ伯爵は、何度も頭を下げノンネ伯爵に頼み込んだ。


「マイ伯爵、そう思うのならエデルの首に縄をつけてしっかりと監視することだな。

 言っておくがアルーシャには、学園を辞めさせるつもりも休学させるつもりもない。

 卒業まであと二年あるが、休まずに学園に通わせるつもりだ。

 今後アルーシャにはパーティやお茶会に頻繁に出席させる。

 特に王族主催のパーティには必ず出席する。

 マイ伯爵、わしの言っていることの意味が分かるな?」


ノンネ伯爵がマイ伯爵をジロリと睨む。


「ああ……分かっている」


マイ伯爵は、ノンネ伯爵の言わんとしたことを理解したようだ。


ノンネ伯爵は、マイ伯爵に「息子を学園に通わせるな、パーティにも出席させるな」と言いたいのだろう。


学園を休学させるには、学園に通うのと同等の金額を学園に振り込む必要がある。


二年休学させ、そのあと二年通わせるのはマイ伯爵家には手痛い出費だろう。


隣国の貴族学園に通うとなると、自国の学園に通うときの十倍の費用がかかる。


婚約破棄の慰謝料を絞り取られたマイ伯爵家に、跡継ぎでもないマイ伯爵令息を、他国に留学させるだけの余裕はない。


貴族学園の卒業は貴族としての義務、マイ伯爵令息はその義務を果たせないのだ。


この国では、貴族学園を卒業していない貴族の令嬢は令息は一人前として扱われない。


貴族学園を卒業していないものは、家督を継ぐことも、他の貴族の家に嫁入りや婿入りすることもできない。


マイ伯爵令息は金銭的な理由で貴族学園を卒業するのは不可能。


その上、マイ伯爵令息はアルーシャの参加する王族主催のパーティに参加できない。


つまりマイ伯爵令息は、貴族として死んだも同然。


いくらマイ伯爵令息の見目が良くても、そんな曰く付きの人物を婿に欲しがる家はない。


「エデルはマイ伯爵家から除籍し、地方の修道院に送る。

 生涯、アルーシャ嬢の半径一キロ圏内に近づかせないと約束する」


マイ伯爵は全てを諦めたような顔で言った。


「マイ伯爵のその言葉を聞いて安心したよ」


ノンネ伯爵がマイ伯爵の言葉を聞き、ほくそ笑む。


「ちょっと待ってください父上!

 父上は俺を伯爵家から除籍するおつもりですか!」


今まで放心状態だったマイ伯爵令息が口を開く。


「黙れエデル!

 お前はアルーシャ嬢の半径一キロ圏内に近づくことを禁止されているんだ!

 それはつまりエデルは今後、学園に通うことも、パーティに参加することも出来ないということだ!

 いつアルーシャ嬢と遭遇するか分からないから、アルーシャ嬢のいる王都には住めない!

 浮気して婚約破棄されたお前を、婿に貰いたがる家もない!

 マイ伯爵から除籍し、修道院に送る以外に選択肢はない!」


マイ伯爵がエデルを睨み、叱責する。


「アルーシャか学園を卒業するまで、学園を休学します!

アルーシャが学園を卒業してから、復学すればいいでしょう?!

 それが無理なら隣国に留学する手だって……」


「休学に留学だと?

 寝言は寝てから言え!

 お前が婚約破棄されたことで、ノンネ伯爵家にいくら慰謝料を支払ったと思っている!?

 これ以上お前に金をかけられるか!

 強制労働所へ送られないだけましだと思え!」


マイ伯爵に叱責されたマイ伯爵令息は、がっくりと肩を落とした。


「ノンネ伯爵、お見苦しいところをお見せした。

 わたしたちはこれで失礼します」


マイ伯爵が立ち上がる。


「帰るぞエデル!」


マイ伯爵がマイ伯爵令息の腕を掴む。


「離してください父上!

 俺はまだアルーシャに会っていない!」


マイ伯爵令息がマイ伯爵の手を振り払う。


「ノンネ伯爵!

 アルーシャに会わせてください!

 アルーシャは俺に惚れています!

 俺が謝ればアルーシャは許してくれるはずです!

 お願いします! アルーシャに会わせてください!」


マイ伯爵令息が床に膝を付き、泣きながらノンネ伯爵に懇願した。


「くどい!」


ノンネ伯爵はエデルの言葉に耳を貸さなかった。


「エデル!

 これ以上ノンネ伯爵に迷惑をかけるな!」


マイ伯爵はマイ伯爵令息の頬を殴る。


マイ伯爵に殴られるとは思っていなかったのか、マイ伯爵令息は左の頬を抑え呆然としていた。


マイ伯爵は呆然としているマイ伯爵令息の腕を引きずり、応接室の扉へと向かう。


「マイ伯爵、覚えておけ。 

 マイ伯爵家が我が家に慰謝料を払ったからと言って、我が家とマイ伯爵家の関係が元に戻ったわけではない。

 マイ伯爵家の人間には、二度と我が家の敷居を跨がせない。

 マイ伯爵家への融資も打ち切る。

 分かったな?」


ノンネ伯爵が、マイ伯爵の背中に向かって言い放つ。


「ああ……分かっている」


マイ伯爵は振り返り、疲れた顔でそう答えた。


マイ伯爵は「アルーシャに会わせろ」とわめき散らすマイ伯爵令息を連れ、応接室を出ていった。

 



☆☆☆☆☆






「何が『アルーシャに会わせろ』だ……アルーシャが側にいても気づかなかった癖に」


ノンネ伯爵が疲れた顔でソファーの背もたれに寄りかかる。


私はノンネ伯爵の紅茶を淹れ直した。


「マイ伯爵令息は元々そういう人なのですよ」


「アルーシャ、メイドの服を着ているからといって、いつまでもメイドの振りをしなくても良いのだぞ。

 茶がほしいときはメイドを呼ぶ」


私は被っていた黒い髪のかつらを外す。


「メイドのふりをするのが楽しくて」


そう私、アルーシャ・ノンネはずっとこの部屋応接室にいた。


金色の髪を隠すために黒髪のかつらをかぶり、標準より少し大きな胸を隠すために胸にさらしを巻き、地味に見えるようにメガネをかけ、頬にソバカスを描き、メイドの服を着て使用人になりすまし、この部屋で一部始終を見ていたのだ。


マイ伯爵令息との婚約破棄が成立してからは、彼のことを心の中も含めずっと「マイ伯爵令息」と呼んでいた。


うっかり「お父様」と呼ばないように、メイドの服を着てからずっと、お父様のことを心の中で「ノンネ伯爵」と呼んでいた。


私は普段付けてる香水と同じ香水を付け、マイ伯爵令息の誕生日にプレゼントしたのと同じ薔薇の刺繍入りのハンカチで、彼のズボンを吹き、お茶会のとき紅茶を淹れるのと同じ手順で紅茶を淹れ、いつもと同じ口調で「どうぞ」と言ってマイ伯爵令息にお茶を出した。


些細なヒントをいくつも与えたのにマイ伯爵令息は、私の変装を見破れなかった。


マイ伯爵令息が私を愛していたなら……愛していなくても私に関心があったなら、香水の香りや、ハンカチの刺繍、声や仕草で、私の変装を見破れたはず。


同じことをお父様と、いとこのレオンにも試した。


使用人に扮した私の変装を、二人が見破れるか実験したのだ。


二人はすぐに私の変装を見破った。


レオンは香水の香りで、お父様は声で。


マイ伯爵令息とは十歳のときから今日まで、六年間も婚約していた。


月に一回お茶会を開き、二カ月に一度おしばいを見に行き、三カ月に一度買い物に出かけていた。


それなのに……マイ伯爵令息は私の変装を見破れなかった。


十年前、ノンネ伯爵家に遊びに来たマイ伯爵令息に私は一目惚れした。


当時のマイ伯爵令息は、胡桃色のサラサラヘアーに琥珀色の瞳、幼いながら整った顔立ち、足が長くて、所作が優雅で、とてもかっこよかったのだ。


私はマイ伯爵令息に夢中になった。


私はお父様に「エデルと婚約したい」とお願いした。


一人娘である私を溺愛しているお父様は、私とマイ伯爵令息の婚約を取り決めるためにすぐに行動を起こした。


一カ月後、マイ伯爵家の次男であるエデルが、ノンネ伯爵家に婿入りすることを条件に、私とマイ伯爵令息の婚約が結ばれた。


私とマイ伯爵令息の婚約を成立させるために、お父様は当時領地が水害に見舞われ財政難だったマイ伯爵家に、多額の融資をしたのだ。


ノンネ伯爵家は商売に成功しお金を持っていたので、お父様は「この程度の額でアルーシャが好きな男と結ばれるなら安いものだよ」と言って笑っていた。


マイ伯爵令息は、会うたびに花束やアクセサリーをプレゼントしてくれた。


私とマイ伯爵令息は、傍から見ても良好だったと思う。


だが私とマイ伯爵令息の婚約は、マイ伯爵令息の浮気により呆気なく壊れた。


結局マイ伯爵令息が好きだったのは、私ではなくノンネ伯爵家のお金だったのだ。


マイ伯爵令息が私へプレゼントした物の代金は、お父様が出していたと聞いてがっかりした。


しかも男爵令嬢と浮気するようになってからは、同じ物を二つ買って、倍の料金をノンネ伯爵家に請求していたという。


浮気相手に贈るアクセサリー代を、婚約者の家に請求するなんて、図々しいにも程があるわ。


マイ伯爵令息は我が家の財産しか見ていなかったし、私はマイ伯爵令息の顔しか見ていなかった。


私たちはお互いに、相手の良いところしか見ていなかったのかもしれない。


「アルーシャ、マイ伯爵にはああ言ったが、辛いならしばらくは学園を休んでもいいんだよ。

 パーティの招待状が届いてもしばらくは断ろう」


「いいえお父様、逆です!

 こんなときだからこそ学園に通い、積極的にパーティに参加しなくてはならないのです!」

 

「それはどういう意味だね?」


「婚活のために決まっていますわ!

まさか十六歳このとしになって、婚約者を一から探すことになるとは思いませんでした。

 優秀な殿方が残っているといいのですが……」


この国の貴族は十二〜十三歳までに婚約する。


十六歳になっても婚約していない者は、家が貧しかったり、暴力的な性格だったり、お金や異性関係にだらしなかったり……とにかく訳有の不良物件だ。


「四〜五歳、年下の男性も婚約者の候補にいれなければなりませんね……」


そのぐらい年が離れていれば、婚約者が決まっていない将来有望な殿方も残っているかもしれない。


「アルーシャそんなことしなくても、婚約者候補なら身近にいるよ」


「お父様、どなたの事をおっしゃっておりますの?」


「アルーシャ、君は学園でエデルの浮気現場に遭遇したのを偶然だと思うかね?」


「えっ? お父様それはどういう意味ですの?」


「レオンはね、エデルが男爵令嬢と浮気をしているのを知っていたんだよ。

 知っていて、アルーシャをエデルと男爵令嬢の密会現場に連れて行ったんだ。

 レオンの話では、あの二人は昼休みになるといつも同じ場所でイチャイチャしていたらしいからね」


マイ伯爵令息は男爵令嬢とあの日だけでなく、毎日のようにイチャついていたの?


学園でそんなことするなんてふしだらですわ。そんな男との婚約は破棄して正解でしたわ。


「レオンはなぜそんなことを?」


「アルーシャの目を覚まさせるためだよ。 エデルが浮気者のどうしようもないクズだと言っても、当時のアルーシャは聞く耳を持たなかっただろうからね。

 それでレオンは、エデルが浮気している現場にアルーシャを連れていき、アルーシャにエデルの本性を見せることで、アルーシャの目を覚まさせようとしたんだよ」


あの頃の私は、マイ伯爵令息を信じ切っていた。


もしレオンから「エデルが男爵令嬢と浮気している」と教えられても、レオンの言葉を信じなかったでしょう。


「そうでしたか。

 レオンの親切には感謝しなくてはいけませんね」


「アルーシャは、レオンがただの親切心でこんなとこをしたと思っているのかね?」


「違うんですか?」


「レオンがエデルと男爵令嬢の浮気について報告に来たとき、レオンは凄く怒っていた。

 わしは驚いたよ、普段おとなしいレオンでも感情をあらわにすることがあるんだとね。

 仲の良いいとこが傷つけられたという理由だけで、あんな風に怒るかな?」


普段温厚なレオンがお父様が驚くほど怒っていたなんて……にわかには信じられない話ですわ。


「わしの推測だが、レオンはアルーシャのことが好きなんじゃないかな?

 いとことしてではなく、恋愛対象としてね」


レオンが私のことを好き……?


今まで考えたこともありませんでした。


「でもそれはお父様の推測に過ぎませんよね?」


婚約者に裏切られたばかりなので、ついつい人様の愛情を疑ってしまう。


いとことしての愛情を、恋愛の情だと勘違いして恥をかきたくない。


「近いうちにレオンとのお茶会をセッティングするよ。

 そこでレオンの気持ちを確認するといい」


お父様がにこにこと笑顔を浮かべながら言った。


お父様は子爵家の次男で優秀なレオンを、彼が幼少の頃から気に入っていましたからね。


私は同い年で漆黒の髪に黒真珠の瞳のレオンを、可愛いとは思っていたが……恋愛対象として考えたことはなかった。


「承知しました」


レオンの本心を聞くのは怖い、でも有耶無耶にはできない。










後日、花束を抱えたレオンに跪かれプロポーズされたのですが……それはまた別のお話。





――終わり――




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【短編】「私は最初からこの部屋にいましたよ」 まほりろ @tukumosawa

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