006・自殺依存症

 ハァ、そうですか。自傷行為の一種。ホォ、ヘェ。じゃあまぁ、珍しくはないわけで……珍しいは珍しい? フゥン。


 症状を、一から。まぁ、いいですけど。


 ええと、そうだな。自分はリスカとかはしたことないですけど、自傷行為ってのはストレス発散の一種ですよね。人による? そうですか。とにかく、自分にとって自殺ってのは、ストレス発散のためにやってるんですよ。


 自殺っていっても、そうです、前に言った通り、仮想的なものですけどね。いや、拡張現実……AR的って言った方がいいかな。ハハッ。AR自殺って言うと、何だかバカみたいですね。でもそれが良いストレス発散になるんですよ。


 具体的には、目の前にある風景の中で、自殺する自分をリアルに想像するわけです。公園の電柱や大通りの看板で首を吊ってみたり、ビルや崖から飛び降りてみたり、海や川に飛び込んでみたりする自分を、ね。


 いやいや、VRじゃないですよ。VRってのは完全な仮想世界でしょ。目を瞑って自殺する自分を想像する、これがVR自殺です。一方で私の場合は、目を開いて、そこで死ぬ自分を重ねるわけだからAR、と、そういうわけです。


 自殺願望? 実際に自殺したいという願望ですか? そりゃ、ゼロじゃないですよ。でも反対ですね。絶対に自殺は反対です。理由? いやいや、自殺はダメでしょう、フツウに。


 でもまぁ、あえて言うなら、人生が辛いから自殺する、というのは理にかなってないと思うから、ですかね。だってそうでしょう。人生っていうのはそもそも、辛さを享受する、ってのがコンセプトなんだから。一切皆苦ですよ、一切皆苦。生命が死に繋がっているように、幸福も苦しみに繋がっている。そして、そこが良いわけでしょう。


 確かに世の中には、生きてるうちに徳を積めば天国へ行ける、って考え方もありますがね、私に言わせればそれはクソですよ。内申点のためにボランティアしたり、世間の評判を上げるために寄付するのと同じくらいクソです。やらない善よりやる偽善、って言葉は知ってますが、偽善は結局偽善ですし、偽善が蔓延していいわけではない。そうでしょう?


 だから人生は苦しみを楽しまなきゃ駄目だし、長生きして苦しみ抜いて、老いぼれて死ぬことこそが目的なわけですよ。で、自分は思うわけです。それって筋トレに似てるな、と。


 筋トレっていうのは辛く、苦しい。でもそれが楽しいわけですよ。体を動かすこと自体を楽しんでいるわけです。もちろん中には、モテや称賛を得るためにトレーニングを積む人もいるわけですが、それはさっきの偽善と同じ理由でクソです。見返りを求めて行動するのはクソですよ。


 え? 健康維持のための運動? それはいいんじゃないですか。だって健康を維持することは人生の苦痛を維持することと同じなんですから。……ハァ、じゃ、続きを喋ってもいいですか?


 まぁ兎に角、人生は筋トレと似てるわけです。筋トレで負荷をかけることで肉体を強化するように、人生でも苦痛を受けて精神を強化するわけです。でもここで重要なのは、筋トレにおいて正しい負荷と間違った負荷があるように、人生においても正しい苦痛と間違った苦痛がある、ということです。


 筋トレでは普通、筋肉への負荷はよいとされていますが、関節への負荷は悪いとされています。怪我に繋がりますからね。それと同じで人生においても、正しい苦痛と間違った苦痛があるわけです。


 正しい苦痛というのは、他者との交流ですね。考え方の違う他者と交流し、家族や会社などの組織を営むことは苦痛ですが、確実に人間として成長するでしょう。逆に交流経験の乏しい人間というのは、精神的に幼く、脆く、弱い。


 では間違った苦痛とは何かと言えば、差別、いじめ、ハラスメントなどです。これらは相互理解や組織の共同運営ではなく、対象の精神を消費し、快楽を得ることを前提としていて、何の成長も生みません。ですからそのような苦痛は、人生において全く不要、かつ排除すべきであるといえます。


 さて、そういったわけで自分は自殺に反対なのですが、禁煙中の喫煙や、ダイエット中のスイーツと同じように、私も、苦しみから逃れたい、自殺したいという誘惑がチラつくことが何度もあった。


 そこで、例えば禁煙中におけるニコチンガムや、ダイエット中のゼロカロリー・スイーツなど同じように、AR自殺を嗜んでいたわけです。もちろんこれは、完全に褒められた行為ではないですし、推奨するつもりもありません。というか、はっきり言えば、マネしないでほしい。


 というのは、AR自殺には致命的にダメな点が一つあるんです。それは、自分の死体が消えない、というものです。どういう原理かは分りませんが、想像した自分の遺体というのは、その場所に残り続けるんです。


 ですから先ほど言った、電柱や看板、ビルや崖の麓、そして海や川には、自分の死体がいくつも転がっています。もちろん最初はそんなことは分かってなかったので、いつか消えるだろうと思っていたんですが、その様子は全くない。


 まぁ、たまに行く場所に自分の死体が転がってる分は問題ないですが、家の中や、通勤に使う道や、会社にそれぞれ六つも七つも自分の死体があると、これはもう、邪魔で仕方がない。視界の脇に自分の死体があるというのは、様々な意味で集中力が削がれるんです。


 だから自分は、定期的に不動産屋へ行って、引っ越しをするわけですが、店員から引っ越しの理由を聞かれたときに黙ってしまうわけです。黙って、でもそのままでいるわけにもいかないから、ボソッと「転勤です」と嘘をつくわけです。


 でも、そうポンポン引っ越すわけにもいかない。ご存知の通り、引っ越しってのは金がかかりますからね。だからこの自殺癖、いや、自殺に依存するのを辞めたいと思っているわけです。だから様々な依存症の治療で成果を挙げられているここに来たわけです。どうです。とても具体的、かつ明確な目標でしょう。それではどうぞ一つ、よろしくお願いしますよ、センセイ。

(了)

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