第21話 旧知の仲も、ままならない②
「チハ! チハ!? 戻れ! チハ! オイ!そこのお前! その犬に触れるな! 噛み殺されたいのか! チハヤ、戻らないか!戻れって……」
お利口なチハタンをなでなでする俺達に、小銃をコンバットレディで油断なくこちらに近づく六人組の集団。その中から懐かしい声を聞いた。
「相変わらずチハチハうるせえ奴だな、下僕風情がご主人様に命令してんじゃねーよ、猫田!」
ゴーグルと口元を隠すマスクで顔ははっきりとは分からないが、チハの相棒なら
「なっ! ……ゲッ、う、鰻犬特務曹長、殿……? な、なんで、こんな所に……?」
そんな猫田のセリフに数人が反応した。
「え、鰻犬って……まさか……」「もしかして……あの?」
元いた部隊だ。実際知り合いでなくても俺の名前くらいは聞いた事がある奴はいるだろう。
なんせ、軍じゃそこそこ有名人だったし。
集団の構えた銃口は、俺達から僅かにそらしてはいるが、いつでも照準に捉えて撃てる状態である。
そんな彼らに無害であるとアピールするように会話を続ける。
「元特務曹長な?元。後、お前、『ゲッ』ってなんだ、『ゲッ』って。仮にも元上官に向かって。そんなんだからチハよりいつも階級が下なんだよ。そうゆーとこやぞ猫田」
「階級はそういう制度なんですぅ! 使役獣は
「同等以上でしょ? お前がチハと同等になった事なかったよね?w」
「あんたのせいでしょうが! あ、あんたが、アホみたいにチハヤのレベル上げたせいでしょうが!」
この部隊は元々、スタンピードの対応で救援・救助か偵察が目的だったのだろう。俺達が魔物や敵対的な探索者でないと分かり、警戒とともに銃口も同じく下げてくれた。
「不甲斐ないお前の代わりに、俺がチハの散歩に付き合ってやってただけだろ。礼を言え、礼を。相棒が甲斐性なしだと苦労するよなぁ、チハタン?」
「ワフゥ……」
「本当にねぇ……」とでも言うかのように溜め息を吐き、「しょうがないわね」と言わんばかりの態度でテクテクとハンドラーである猫田軍曹の下に戻っていった。
「オイ貴様、元軍人か? 変異種はどこだ? 運良く生き延びたようだが、安心しろ我々のおかげ生きて帰れるぞ? ありがたく思え」
どこかほのぼのとした空気を読まない威圧的な声で、おそらく集団の部隊長と思しき男が、突然声をかけてきた。
「ちょっ、ちょっと少尉……」
「少尉殿、ここはひとつ猫田軍曹に任せてですね」
声や仕草で若いと判断できる男は少尉と呼ばれていた。おそらく士官学校出たての若造だろう。
それでも迷宮対応部隊の、それも制服とチハ・猫のコンビがいることから特殊チームだと思われる小隊を指揮できるのであれば、優秀なのは間違いないだろう。
まぁ、人間性はともかくとしてだが。
「お前達は黙っていろ。我々は、本来の任務は閣下の護衛なのだぞ? 閣下が早急にとおっしゃるから来たまで。それに、こんな軍人あがりの探索者など、助けて貰えるだけでもありがたいと思って欲しいものだ。貴様、分かったら、さっさと変異種とやらの場所を教えろ。貴様らと違って、我々は暇ではないのだ。拒否する「もう倒したぜ?」という、 何?」
面倒なヤツだな。あと、この若造の言う『閣下』っていうのもとても嫌な予感がする。
「だから、もう倒したって言ってんの。日本語通じないの? あと、お前みたいなクソ雑魚じゃ倒せなかったから。無駄死にしなくて助かったな。ありがたいと思えよ? 俺達も暇じゃないからそろそろ帰るわ。あぁ、そこら辺に落ちてるドロップ品は好きにしていい。残り物の雑魚ドロップばっかりだけど、若造のお前には勿体ないくらいだ。手間賃がわりに拾って帰れよ。あ、礼はいい」
「先輩、煽るねー!」
「そうですね。帰るくらいの魔力も回復したことですし、そろそろ引き上げましょうか」
宮田と工藤の言葉に、固唾を飲んで見ていたメンバー達も早々に帰り支度をはじめた。
「待て貴様ぁ! 証拠は! 証拠品はあるのか!」
「少尉!」
怒鳴り声に顔を向けると、怒りに震える若造士官が腰のサーベルを抜きこちらに切先を向けていた。
「オイオイ、なんの真似だぁ? もしかして、追い剥ぎかぁ? イヤイヤ、最近の軍人は一般人を脅して戦利品を巻き上げたりしてんのか?」
「少尉、不味いですよ!」
必死になだめようとする猫田達をよそに、若造士官は耳を貸す気がなさそうである。
「貴様、軍人を愚弄してただで帰れると思うなよ! 出さないのか、出せないのか。どちらにせよ、身ぐるみ剥いで地上まで連行してやる」
「まぁ、俺も元軍人だが? 愚弄したら何? 痛い目に会わせてもいい決まりとかあった?」
「貴様は大方、軍から捨てられでもしたのだろう? ハハハ、私のような優秀な人間と、同じ軍人だとおもうなよ、下郎が!」
なんだかんだとイチャモンをつけて、一般の探索者から迷宮の戦利品を掻っ攫おうとする軍人が、昔からいないわけではなかった。
この若造がその類いなのかどうかは知らないが、言動を集約してみると、そうとも思える。
「じゃあ、迷宮法に則り、正当な理由なき戦利品の押収に対して異議を申し立てる。それと同時に、明らかに職務を超えた恫喝に対し、こちらも武力による対抗措置を講じる構えである事をここに告げる」
迷宮内に法はない。が、迷宮外には迷宮法なる法律はある。
誰も見ていなければ効力を発揮しないだけで、細々とした法律はあるのだ。
今回は証人も映像証拠もあるので、一応警告はしておこう。先に手を出すと後が面倒なので。
「少尉! 本当に殺されますよ! あの人は、『特級』なんですよ! 聞いたことくらいあるでしょう! あの『特級弍拾八號』です! 鰻犬さんも、挑発はやめてくださいよ!」
「に、二十…八号……? っ!? あの!?」
「どの28号かしらんが、元特級の二十八号とは俺の事だな」
一般の探索者は、国際探索者協会が定めるところの基準に従ってS級から下にA〜G級とランク付けされる。
軍での探索における能力基準は、まったく別の評価基準で、試験などを受けて評価されている。
まぁ、言ってしまえば国防軍の中だけで通用する検定みたいなものである。
軍では対迷宮最高戦力の一人で『特級』だった俺でも、民間人になった今では協会最低ランクG級という悲しい現実。
さらに言えば、この間のブートキャンプの戦利品で宮田だけちゃっかりF級になっていた。
「そんな……、嘘だろ? え、アイツが『鬼神』……嘘でしょ?」
「この人がいたのなら、もう変異種は討伐されてるのは明らかです。事後処理は後続に任せて我々は撤収しましょう。この事を准将にも報告しないと……」
俺を見たまま呆然と立ち尽くす士官を猫田達が、なんとか再起動させて帰ろうとするのを呼び止めた。
「コレ、閣下に報告しとくからな」
そう言った俺に若造はあきらかな動揺をみせ、ゼンマイ仕掛けのオモチャのような動きで俺へと顔を向けた。
「い、いや、あの、今回はこちらの不手際で迷惑をかけて申し訳ない。謝罪させて欲しい」
この掌返しのスピード感、嫌いじゃない。
「だが断る」
「そこをなんとか! な、何卒、平に御容赦願いたい!」
「普通に嫌だね」
「先輩マジ子供っすねぇ…」
何を言われようと、俺は売られた喧嘩をタダで水に流してやるほどできた大人ではない。
しかし、この場に俺と宮田だけであったならいくらでもこの若造に追い込みをかけてやるのだが、『20愛好会』の連中の手前、そうもいかない。
「そういやぁ、俺達だけじゃドロップ品を回収仕切れなかったけど、全部持ち帰りたかったなぁ〜」
残ったドロップ品も全部持ち帰れるなら、それなりの金額になるだろう。
「そ、な、なるほど? それくらい我々が協力しようじゃないか。なぁ? よし、早速……」
「それとぉ、魔物との戦闘で武器がなくっなったんだよなぁ! なんか心細いよなぁ、武器がないと。宮田、お前の軍刀もポッキリ折れちゃったしな?」
「折ったのは先輩っすけどね?」
「ーーーッん! そ、そこは我々が安全を確保して地上まで護衛を……」
「いやー、探索者として、いやーちょっと武器ないと、格好がね? つかないとゆーか。うん。なんか、隊長さんのサーベルなんか、カッコいいね?」
「ーーーッん!! 貴公なかなか、お、お目が高いようだ。どうだろう、私と貴公との間になんの蟠りもなく誤解もなく、そう友情的な何かをまぁ、見い出してくれるのであれば、そう、友情の証にこれを送らせてくれ」
「一本じゃなぁ〜、俺はいいけど、宮田の分がなぁ〜」
「ーーーッん!!! な、なるほど? な、ならば、もう一本追加でどうだろう。よ、予備の分と合わせて送らせて…くれたまえ」
青年将校は必死で汗を拭いながら、マジックポーチからサーベルを取り出して渡してくれた。
それにしてもこの若造、私物であろう高価そうなサーベルといい、マジックポーチといい、この若さで特殊チームの部隊長のこととか、何処ぞの軍閥の高官の息子とかかもしれんな。
「いやぁ、なんか悪いね、コイツの分まで」
「先輩、マジ鬼畜っすね」
俺は笑顔で、引き攣った笑顔の青年将校と友好握手を交わした。
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書いてる途中にデータ消えたせいで、やる気も一緒に消え失せた風呂太郎です。
同情するなら星をくれ……
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