副業探索者はままならない
風呂太郎
第1話 登録するのも、ままならない
「ああ、金がねー」
今月も給料日前にしてすでに財布の中は枯渇寸前である。
分かっている。
でも、やめられない。
酒、女、タバコ、ギャンブル
ダメな要素全てを親父から引き継いだ俺は、ダメ男の道を絶賛爆走中である。
若かりし頃は親父を見て『ああはなるまい』と心に誓うも、血は水よりも濃いとはよく言ったものだ。
家に帰ればとりあえずの飯は用意されてるだろう。
今日は大人しく帰って、同棲中の彼女に土下座でもして金を無心する。
そんな俺の予定を裏切る型で、暗い部屋のテーブルに置かれているメモ書きには「探さないで下さい」の文字と手切れ金の封筒が置いてあった。
金を払ってまで俺との縁を切りたいと思っていたのかとちょっとショックだった。
確かにダメ男の自覚はあったが、そんなにか?
酒は飲むが迷惑をかける事は少なかったはずだ。
女に手を上げるような真似はしない。
手を出す事はしょっちゅうだったが。
金を借りてもギャンブルで儲けた分で借りた以上に返していた。
タバコは約束通り、ちゃんと換気扇の近くで吸っていた。
たまにリビングで吸っていて怒られる事もあったが。
何がいけなかったのか?
あんなに好きだったのに、理由が分からない!
封筒の中には50万円
これでしばらくは金に困らないな。
イヤイヤそうじゃない!
俺より高級取りで美人で料理上手な彼女なんて、そうそうゲットできるものじゃない。
「まいったなぁ……」
泣いて土下座すれば戻ってきてくれるだろうか?
そんな事は俺のなけなしのプライドが許さない
生活費は渡していたが、最低限だ。
嘘だ。
ここの家賃を考えれば最低限にも届いてない。
とりあえず引越しか……
このマンションも今月中に解約する旨も書かれていた。
どのみち俺の給料だけでは維持する事は困難だ。
未だショックを隠せない俺は、減った腹を満たすべく彼女からの手切れ金でピザをデリバリーした。
「先輩、それでどうするんすか?彼女さん、戻って来る可能性なさそうっすけど」
仕事の休憩中に喫煙所で年下先輩の宮田に昨日の件を話したのだ。
宮田は俺の事を年上って事で先輩と呼ぶ。
国防軍に6年いたが上官を殴って除隊した俺が行き着いた先がこの会社だった。
宮田製作所 装備開発部 試作研究2課
2課は元軍人や元探索者の人間の受け皿である。
装備の使用感や現場で必要となる細々とした機能を付け足したり省いたりのアドバイスや選別などが主な仕事だ。
正直、楽な仕事である。
その分給料もそれなりだが……
銃を担いで走ったり、魔物相手に剣を振り回す事もない。
「ぶっちゃけ、先輩のヒモ暮らしが長続きするとは思ってなかったっすけどね」
「失礼なヤツだな。俺はヒモじゃねぇよ。半分ヒモだっただけだ。完全ではない」
「手切れ金を払ってもいいくらいには、縁を切りたいと思われていたんすね…あっ、ちょ、まって…」
グフッ!と腹を押さえて蹲る宮田を見て溜息を吐いた。
本当にコイツは学習しないヤツだ。
口は災いの元と言うだろう?一々に一言多いのが、コイツの悪い癖だ。
「お前だって親の脛齧ってるくせに生意気言うな」
宮田はこの宮田製作所の現社長の息子の一人である。優秀な父と兄にポンコツな弟。
宮田製作所は家族経営の中小企業である。
中小企業といっても中々頑張ってる方だろう。
大企業程ではないがな。
俺みたいな人間を拾ってくれる程度には儲かっている。
「脛は齧ってないでしょ?こうやって働いてるんだから!それで先輩、住む所無ければ親父に頼んで独身寮のアパート借りて貰いましょうか?」
「そうだな。お前に借りを作るのは癪だが、背に腹はかえられない。頼む」
「俺と先輩の仲じゃないっすか!その代わり、また合コンお願いしますよ」
会社で借り上げたアパートの一室に引越した俺は、やはりそのグレードダウンした生活の質にウンザリした。
しかし、今の給料だけではどうにもならぬ事である。
「先輩、どうしても金が必要って事なら探索者にでもなればいいじゃないっすか。チョロっと稼ぐくらいなら副業すればいいんすよ!」
引越し祝いに来ていた宮田は自分で言ってて、さも名案を思いついたような顔で勝手に乗り気になっていた。
そんな宮田を哀れみの目で見る。
「なんすか、その目は!名案でしょ?」
「お前のご両親には同情するぜ。お前は自分家の会社の職務規定も知らんのか?」
呆れた顔で言ってみたが宮田にそれを察するという能力はない。
「副業禁止云々って事でしょ?確かにそれを知ったのはつい最近ですけど、そんな事より、探索者業は解禁するって話しが出てるんすよ!ウチの会社!モチ、オレも探索者になろうかと思ってるっす!モテますもんねー、探索者って」
「……まぁな。一部の有力な探索者や有名人に限っての話しだけどな」
「それでも夢がある話しじゃないっすか!有名にはなれなくても堅実に稼いでる探索者も多いんすから、オレも会社員としてはパッとしないでも稼げる内に稼いで、とっとと引退するのが目標っす」
ああ、それもいいかもな。
それにしても、自社で探索者を雇ってるウチのようなダンジョン関連ど真ん中の会社が、社員の探索者副業を許すとはな。
制度としては面白いかもしれんが、何があるか分からないダンジョンという場所に副業とはいえ、社員の探索が吉と出るか凶と出るか。
しかしながら、探索者になるにも金がいる。
一昔前ならいざ知らず、現在の探索者免許取得には50万はかかると言ってたような。
「先輩、免許どうします?今なら会社負担で半額出してくれるそうですよ?試験的に?オレ、先輩の分も申請しちゃったんすよね〜?」
「しちゃったんすよね〜?じゃ、ねぇよ!そんな金ねぇよ!」
「彼女さんからの手切れ金があるじゃないっすか」
「これは、いつか返そうと思って…」
「どうせ引越し代もそこから出したんすよね?この際一緒っすよ?それに、返すならダンジョンで稼げばいいんすよ!なんなら倍にして叩き返すのもアリっちゃアリっしょ?」
「……アリかも。ウン、アリだな!」
まんまと乗せられた感はあるが、俺を捨てた女に金を返す。今までの迷惑料を上乗せして。
そう考えると、最近ずっとパッとしなかった気分が急に晴れるようだった。
週末、宮田と二人で会社帰りに探索者協会に免許取得申請に来た。
「丙種免許の講習費・試験代合わせて60万円になります。あっ、手数料でプラス5千円ですね」
「たっけぇ……たけぇよ」
受付の可愛子ちゃんの提示してきた額面に思わずそう呟く。
これをペイするのにどれだけ潜る事になるのか……
金を稼ぐ為の免許が既に金のない俺を苦しめる。
さらば、のんびりだらけた生活よ。
こんにちは、死と隣り合わせのスリリングライフ。
『
これから俺は金と自尊心の為に命をかける。
まぁ、所詮は副業だけどな。
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