春、きたる

@tarao3

第1話

―雨。ようやく寒さが緩んできたかと思えば、ザーザーと音を立てて雨粒が地面に砕ける。冬が終わろうとする季節はいつもそうだ。


ユキヤナギは揺れる馬車に乗りながらそう思う。街灯が灯り始める時間、

雨に濡れた石畳に明かりが反射する。


馬車の揺れが少しばかり苦手なユキヤナギは気分を紛らわそうと外の景色を見やった。

―今、なにか視界に違和感を覚えたような……。


御者に言って馬車を止めてもらった。外出に付いてきていた小間使いとともに馬車を降りる。御者には不審顔をされたが、すかさず小間使いが駄賃をやって、ここで待っているように命じた。


「奥様?どうなされましたか?」

小間使いに問われたが、自分でもはっきりと視界に捉えたわけではないので、曖昧に受け流す。見間違えなら良いのだが……。


―いた。残念ながら見間違えではなかったようだ。街頭に照らされ、汚い民家の壁に凭れて倒れていたのは、13、4歳位の少年だった。


―その後は小間使いがその民家の戸を慌てて叩き。住民は自分の家の前で倒れられては困るが、素性の知れない少年を家の中に入れるのも嫌だというので、仕方がなし。

屋敷に連れ帰って医者を呼んでやらねばなるまい。


幸い、肩くらいは貸そうとその住民が申し出たため、馬車まで小間使いとともに少年を連れて行ってもらった。雨に濡れてビショビショの具合が悪そうな少年を連れてきたものだから、御者は馬車が汚れるだのブツクサ文句を言っていたが、小間使いがたんまりと中身が詰まっている様子の革の小銭入れをちらつかせると、途端に機嫌よく馬を走らせた。


屋敷の車寄せで馬車が止まると、その揺れで少年は少しばかり瞳を開けたが、やはり具合が悪いのかすぐ目を閉じて辛そうに肩で呼吸をしている。小間使いは馬車が止まるなり、大騒ぎして屋敷のものに手を貸してほしいと呼ばわっている。


―やれやれ。子どもたちがもう寝た時間だろうに少しは静かにしないか。

と思わないでもないが、心なしか熱もありそうな様子の少年を思いやってのこととしてユキヤナギは目をつむることにした。

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