婚約破棄も何のもの、家訓にのっとり対決いたします。

江戸川ばた散歩

強さ(物理)こそ最大の魅力

「フィアナ…… すまないが僕は君とは結婚できない。君の様な冷たく完璧な女より、情に厚い妹のイプシーの方に僕は惹かれてしまったんだ……」


 パーティの席上、婚約者の男は妹のイプシーを脇に抱えながらそうのたまった。

 ああそうかもしれない。

 確かに婚約はしていたけれど、この男の好みからしたら、黒髪高身長、道理に合うことを重視し、男子より女子からの人気の方が高い私より、この全体的に柔らかな色調を好み、何かと一途な妹の方が魅力的だったのだろう。

 まあそれは仕方がない。

 私は私のこの外見も性格も格別誰かのために変えることはないだろう。

 ただ一つの要因を除いて。


「では仕方ありませんね、イプシー!」


 私は手袋を妹に投げた。

 えっ、と婚約者は驚き、目を見開いた。

 するとすっ、と妹の方が彼を押しのけて一歩足を進めた。


「はい、お姉様!」


 妹はそれを受け取ると、ドレスをばっと脱ぎ捨てた。

 下には訓練用の胴着。

 私もまた同じ様に脱ぎ捨てると、側に居た侍従のジョルジュがドレスを持ってくれた。


「行きます」

「ええ」


 それから十五分ほど、私達は拳を合わせ蹴りを入れ、時には投げ倒し、戦った。


「さすがですわお姉様!」

「貴女もずいぶんと腕を上げたものね!」

「ふふふふふ」

「ほほほほほ」


 血がたぎる。

 これはもう、我が家に伝わる血なのだ。

 男女問わず、強い者が生き残る。

 そして強い者に惹かれてしまう。


「だとしたら、イプシー、貴女は何故彼の求めに応じたの?!」

「さあ! もしかして、私はお姉様、実は貴女とこうやってこうやって必死で戦う口実が欲しかっただけかもしれませんわ!」


 だがどうしても勝負がつかない。

 お互いの身体があざだらけになり、疲労が目に見えてきた。

 それでもあまりにも楽しくて、私達は周囲がどんどん退いていくにも関わらず、そのまま拳を交わし続けた。

 すると、どうやら視界の端で婚約者が膝をついて、がっくりと力を落としていた。


「何だよぉぉぉぉ! こんな女だったなんて…… 信じられない…… 嫌だ、フィアナもイプシーも怖すぎる! いくら家同士の話だと言っても、この家に僕は入ることは嫌だ!」


 とうとうこんなことを叫びだしました。


「どうします? お姉様」

「どうしたものかしら」


 ここだ、と私は妹に渾身の一撃を決めようとした時――妹がよろけた。

 まずい。このままでは致命傷になる!

 その時。


「よせ」


 低い声と共にジョルジュが私の拳をやすやすと止めた。

 一方でイプシーが防御のために出した手も容易く引っ込めた。


「勝負はついたろう」


 そう言えばそうだったわ。

 考えてみれば、私達と共に修行をしてきたのは、このジョルジュだったのよね。

 無口で表情筋が死んでいると言われている彼だけど、私達に対してはいつも誠実で。

 そう、私に勝てるのはこの男しかいない。

 私は手を下ろす。

 そしてそのまま、その手をジョルジュの首に回した。


「わかったわ。そして私はあなたについていく」

「お姉様……」


 イプシーは切なそうな目で私を見る。


「ま、待て、着いて行く、と、フィアナ、何処へ行くつもりだ!」

「まあお父様いらしたのですか。見ての通り、我が家の家訓通りの行動ですわ。強いと認めた者に着いていく。私は彼と共に行きます。まあ私と彼ならば何とでもなるでしょう。この世界には力を必要とする職業は沢山あることですし」


 そう、冒険者になるもいい。

 すくなくとも宮廷でドレスを翻しているなんて、私や彼の様な人間の性には合わないのだ。


「そ、それでは僕はどうすればいいんだ!」

「お父様、そのひとはうちの家訓にはついて行けないようです。お好きになさって下さい」

「失礼する」


 低く渋い声で、ジョルジュは私の横に並ぶ。

 そして私達はそのまま会場を後にする。

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婚約破棄も何のもの、家訓にのっとり対決いたします。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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