第97話 鑑定の瞳と禁術魔法
陛下からお言葉を頂いた時、クレアはその『瞳』で見てしまった。リアム殿下と同じ『円状の靄』が陛下の首にかかっている姿を。しかし黒い靄はそれだけではなかった。
『魔法陣のような靄』
古代文字によって描かれたその靄は首と胸に刻まれていたのだ。
◇◇◇
(どうしよう………、どうしよう………)
陛下の言動にも驚いたがそれ以上に真実を覗いてしまったことが恐ろしかった。帰路への道のりがとても遠く感じる。その間にも過去の記憶が次々と脳裏を掠めていく。
『黒い靄は魔力の闇属性の色、または禁術魔法の色』
『禁術にはそれぞれ魔力の形が異なること』
『リアム第二皇子の首にあった靄は円形の形』
『禁術を扱える者は限られている』
『操作系、毒の禁術を扱えるのは皇帝陛下、ガラナス第三皇子、クリス第四皇子、フォルティス侯爵の四人』
だが侯爵の線は低い。それはカイル・フォルティスと関係がある。カイル・フォルティスの魔力は蛇の様な形をしていたからだ。
彼から以前見えた靄の正体は、闇属性の魔力。彼が言うには、一度事故の時に闇の魔力は落ち着いたが、時が経つにつれ、また体内許容量を超えるほど魔力バランスが崩れてしまったらしい。
私が見たのはその溢れた闇属性の魔力。靄は胸部を中心に渦巻くような蛇の形をしていた。
装飾品の鉱石(精霊石)に強力な魔法付与をすると、魔法付与者にも魔力の痕が一定期間残ると言われている。彼の靄が形を成していたのはそのせいだろう。または魔力暴走のせい………。
判断はつかなかったがいずれにせよ血縁者の魔力は似た形になるという。だから彼の父であるフォルティス侯爵は犯人ではないと思ったのだ。
「蝶の髪飾りとフォルティス卿の魔力の痕。これって禁術の場合でも同じような現象が起こるんじゃないかと思うんです。禁術も大元は術者の魔力から形成されるものだし」
「そうだな。そこについては俺も色々気になっていた。君はその目で実際見えるからね。とても興味深い…」
見えると見えないとでは雲泥の差らしい。
『鑑定の瞳』それは魔法の構成や能力など複雑な魔力の原理を調べる高度な特殊魔法。研究者には羨ましい能力なのかもしれない。私にとっては煩わしいものでしかなかったけれど………。
「一つずつ情報を整理していこうか。君がリアム皇子の靄を見たのは今から何年前のことだ?」
「えっと………。二年前かと」
「なるほど。ではティアラに掛かっていた禁術については?そちらは見えたのか?」
「あ……。いいえ」
入学当初…。あの時点ではまだ禁術がかかっていた状態になる。けれど、私はそれを見ていない。
「ティアラに禁術が掛けられたのはちょうど今から約五年前くらい。見えていなかったのなら、父の魔力痕は同じように見えないことになる。魔法付与の装飾品を作って、それを君に鑑定してもらうという方法もあるが完成させるまでには少し時間がいるだろう」
「いえっ!そこは疑ってませんよ?きっとそのような方ではないと思いますし!」
「いやこれはただの興味本位だ。父は皇位継承権争いには中立派にあたる。疑ってはいないが、調べられるなら知っておいて損はないだろう」
どこか楽し気な様子に少々困惑する。だが、すぐにピンとくる。彼は研究生であり精霊石や魔法についてとても詳しい。
研究者としての探求心がうずいたのかもしれない。そのまますんなりと装飾品制作を引き受けてくれた。
「話を戻すが…、俺の魔力暴走は約五年前。蝶の髪飾りを送ったのは三年前だったと思う」
「それじゃあ魔力痕が追えるのは大体三年か四年…?」
「三、四年と仮定するとして……。ではクリス皇子についてはどうだ?君のことだ、そっちも調べたんじゃないのか?」
その言葉にビクッと肩が揺れる。ああ、バレてるんですね…。
「……はい。最初はフレジアの剣術を応援しようと思った時に一瞬。影が掛かったように見えたんです。でもその後、コーディエライト先生から禁術のことを教えてもらってから気になって……。次は少し隠れた場所から」
魔法を使っている時は杖、またはブレスレットの精霊石が反応して光ってしまう。だから少しだけ離れた位置から試してみたのだ。
「そうか。ククッ……正義感が強いのか、それとも無鉄砲なのか…」
危険行動という自覚はあったけれど、それでも気になってしまった。
「形は古代文字の様なものが円を描くように胸にありました」
「円形………」
「はい…。リアム皇子のものとは違いましたけど輪っか状でした」
「それに古代文字とは…。古くから続く皇族の血筋が影響していそうな形だな。それに…」
彼も自分と同じ部分が引っかかったのだろう。
「おかしいですよね。見えるなんて」
「ああ………」
「見えるということは他のことで禁術を使ったか、装飾品への魔法付与を行なったか、ですよね」
「そうなるな。…クリス皇子はコーディエライト達の研究とも繋がりがある。支援者として彼らの研究に手を貸すこともありえるだろう。それに皇子はコーディエライトからの個人授業も受けている。接触できる機会はいくらでもある」
「装飾品の魔法付与。先生は禁術は付与しずらいと言ってましたけど……」
「ああ、そうだな。だがそれを成功させていたら…?」
「ええっ。まさか!そんな研究している様子もなかったですし」
「………まぁ、まだどのような理由の魔力痕かはっきりわからないしな。他の禁術保持者の魔力の形も見る必要はあるな」
皇帝陛下とガラナス第三皇子。彼らの魔力痕を見る方法。最短で考えるなら秋の剣術大会だろう。
こめかみにその長く形の良い指を当て彼は思案する。私は乾いた喉を潤そうと紅茶を一口含むも、ホッとする間もなくまた話は再開された。
「剣術大会中の魔法は禁止されている。警備兵も多い。だが死角になる場所からブレスレットなしで覗けたらまだいくらか安全…かな」
確かにその方法は私もそれは考えたが、細かい形を見るには靄状の為判別が難しいのが難点だった。
「それか水晶献上の時か…。そのブレスレットも外すようにきっと言われるだろう」
「………それって」
「使うのは一瞬。瞬き程度の時間だ…。長く鑑定の瞳を使えば大きな魔力の歪みに、勘のいいやつは気づくかもしれない」
あまり勧められないけれどと言われたがそんなことはない。
鑑定の瞳は表面上では変化がほぼない。だから領民から不気味がられたのだけど。逆に言えばほぼ気づかれないようなもの。数秒だったら魔術者でもきっとわからない。
「たぶん、やれると思います」
だいぶ魔法も向上した。今の自分ならきっとできる。
「あ、でも…」
一つ気になることがあった。
「私のこの鑑定の瞳、もしかしたらコーディエライト先生伝いでクリス皇子も知っているかもしれませんよね。もしも犯人が皇族の誰かだとしたら、私をどうして野放しにしてるんでしょう」
私は鑑定の瞳のことをコーディエライト先生とシノン先輩に伝えてしまった。ならば繋がりのあるクリス皇子にも知らされるもしれない。更には皇子から帝国にも伝えられる可能性だってある。
帝国にも少数の鑑定の瞳保持者はいるとは聞いていた。だから特段その能力の価値は重要でもないのかと思っていた。
だが、大会でうっかり私が黒い靄を見てしまったら?そんなことをふと考えてしまったのだ。
「もし君が見たとしても公言するには立場が弱い。この学園で見えるのは君だけだ。本物だと証言するには帝国の鑑定の瞳を持つ鑑定士も伴わなければ真実だと認められないだろう」
「で、でも、じゃあフォルティス侯爵伝いに帝国の鑑定士を連れてきてもらったら…」
「その前に、既に買収済みなのかもしれない」
そ、そんな…。
「それじゃあ、もし真実が見えても…何も解決できないじゃないですか…!!」
こんなに考えていたのに、結局は権力に揉み消されてしまうなんて。
「クレア嬢。気落ちするのはまだ早い」
「えっ………?」
「犯人がわかれば、物的証拠や協力者を集めやすくなる。王位継承権争いでは貴族派閥ができているだろう?そのような場から有力な人材を引き抜くこともできる。追い込む方法は他にもあるさ」
「………!」
フォルティス卿の言う通りだ。見えることがすべてではない。
「フォルティス卿……荒立ててすみませんでした」
「いや、いい。それよりも君のおかげで帝国の内情が探りやすくなった」
彼は蒼の瞳を細め、不敵な笑みを浮かべた。
――以前研究室で交わした記憶。あの時はまだ、ただの予想でしかなかった。けれど………。
(どうしよう……、早くフォルティス卿に伝えなきゃ………)
焦る気持ちを押し殺し、クレアはティアラ達のいる場所へと歩を早めることにした。
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