第96話 その時三階席では
会場から沢山の声援が向けられる。皇帝陛下率いる重役達が座る特別席は厳粛な雰囲気が漂っていた。しかし、その空気をガラッと変えるような高音の声が響いた。
「はぁ…!折角皆揃ったと言うのに、クリスお兄様がいないなんて!!」
「クク…。リリアナはクリスに懐いているのだな…」
声の主は帝国の第五皇女であるリリアナと皇帝陛下だった。
「懐いているというか、あいつがリリアナのことを甘やかすからだろう」
ギロッと一瞬こちらを睨む。鋭い目つきのこの男は第三皇子ガラナスだ。だが俺は目線を合わせず黙って警護に徹することにする。
「ちょっと、わたくしのカイル様のこと睨まないでくださる?」
「フッ…、お前の美男子好きも思いやられるな。そいつもこんなところにまで駆り出されていい迷惑だろう」
(全くだ)
その点については同感だった。口には出さないが、気分は最悪だ。『開会と閉会の時だけ』という条件付きだが、クリス皇子はリリアナ皇女のわがままを了承したお陰で俺は今彼女の警護を任されていたのだ。
本来ならば皇女専属の騎士が就くはずだった。だが、俺をわざわざここに置くことで優越感や羨望を集めたかったのだろう。なんとも迷惑で悪趣味だ。
「そもそも、クリスはここに並ぶ気もないだろ。その証拠に、自分の席さえ用意していない…。フンッ、主催側がそのような落ち度許されるものか。あいつがわざわざそうさせたとしか考えられん。
まぁ、この場にいたところで居心地のいいものでもないだろうがなっ」
「そういう事仰るのはやめてくださる?そういうことを仰るからますますクリスお兄様は交わろうとされないのよっ」
「………二人共そこまでです。口を慎みなさい。みっともない」
見兼ねた皇妃が重々しく口を開く。
「ふん…、クリスは自身の仕事を全うしているのです。……ここに参加する必要はありません」
ピシャリと扇を叩くように言い放った言葉は、どこか冷たくリリアナ皇女もガラナス皇子も押し黙る。しかしリリアナ皇女は納得いかない様子で小さな声で抗議の声を零した。
「この場は高貴な者、ましては皇族が並ぶ場所。学園に落ち度はありません。皆一様に揃っているではありませんか?ねぇ」
同意を求めるような眼差しを向ける彼女に、周囲の人間は曖昧な表情を浮かべる。しかしフォルティス侯爵はその状況を静観するだけに止めていた。
「皇妃、………口が過ぎる」
「あら、事実でしょう?」
皇帝陛下が苦い顔をしながら諌めるが、彼女は気にせず侮るような態度を取る。状況を見るに、このようなことは日常茶飯事なのだろう。だが、陛下はそれをよしとされなかった。
「隔たりがあってはならん。そなたももう口を閉じよ。目障りだ」
「なっ……」
予想だにしなかった言葉に皇妃は怒りに身を震わせていたが、陛下が鋭い表情で睨むと、ぐっと堪えるように俯いた。だがその様子をなぜかガラナス皇子だけは愉快だと言わんばかりに口角を上げていた。
「フッ…。馬鹿馬鹿しい。とんだ茶番だな」
他人に聞こえるか否かのギリギリの小声だったが、確かにそう言ったのだ。
◆
開会式が始まり、クレアの出番もそろそろといった頃だった。
会場内では魔術科の生徒は裏地が赤のマントを羽織っている。ただし、魔法は当然ながら禁止だ。ステージに上がる際には杖も精霊石のブレスレットも取るようにと指示があった。
「クレア嬢、そろそろ君の出番だ。準備はいいかい?」
「は、はいっ」
一階のステージ裏の待機場所でクリス皇子にそう声を掛けられる。彼もまた今は隊長服に着替えていた。肩に掛けた赤いマントが金の髪によく映える。緊張する私をよそに、彼はいつも通りの落ち着いた様子で口を開く。
「君なら大丈夫だ。堂々としていればいい」
そう言って優しく微笑む彼の表情には、どこか余裕のようなものを感じた。
(皇族って皆こうなのかしら…。気位が高いというか、緊張とかしないのかしら)
そういえば、第二皇子のリアム殿下もいつも余裕ありげな笑みを浮かべていた気がする。…いや、あの人の場合は穏やかな太陽のような温かさがあったかな…。少しだけ殿下のことを思い出す。
どうかこの水晶で、無事彼が良くなりますようにと希望を込めて。私は待機席で静かに息を吐いた。
◆
ステージ上では近衛隊長や第一騎士団長、高位宮廷魔術師控えていた。演台では皇帝陛下の挨拶が執り行われ、会場に姿を現した時よりも周囲の反応は大きかった。
水晶の献上式ではクリス皇子の話の後に私が水晶を指定の台に置く。陛下は感謝の言葉を全体に述べられた。事前に聞いていた一連の流れはそこまでだった。
だがその直後、何を思ったのか皇帝陛下が私に対し直々にお声掛けをしてきたのだ。
「……そなたの働き、誠に見事であった。感謝する。」
「え、あ……、もももったいないお言葉ですっ」
まさか直接労いを受けるとは思わずしどろもどろになってしまう。そんな私を見てか陛下は少し口元を緩められた。
「君のその純粋さを忘れないように。それはいつの時代も誰かを救う力になるだろう」
「…………」
私に語りかけるように話す皇帝陛下の表情はとても優しくて、まるで太陽のように暖かい笑顔だった。
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