第90話 兄との最終特訓
研究生の棟の一角。そこにも剣術の練習場が存在する。シオンはそこで兄アルベルトから最終特訓を受けていた。
キィンッと剣がぶつかり合う音が響く。
アルベルトの追撃が迫る。それをギリギリでかわし、後ろに下がるも受け止めた手にビリッと電撃が走った。まだまだ兄には敵わない。
「シオン、左側の受け身が数秒遅い。隙を突かれないように気をつけろ」
「わかってる。けど、これが今の僕の精一杯っ」
「精一杯でもやれ」
「くっ……」
「後で後悔するんじゃ手遅れになる。目に頼るな。体感で覚えた方が早い。反射的に構えろ」
最後の注意点を告げるとアル兄さんは剣を静かに収めた。
「ねぇ、今回アル兄さん出ないんでしょう?」
「ああ。どうした?むしろ喜ぶかと思ったのに」
「だって、アル兄さんもカイルさんも大会に出ないなんてさ。目標が薄れちゃうよ……」
せっかく入学したのに、強豪達の試合が見れないなんて。少々物足りない。
「目標か…。本当にそうか?もし俺たちが出たら、圧倒されて上位を目指す気がなくなったり、試合が始まる前から諦めが先に出てしまうんじゃないか?」
「それは…そうかもしれないけど」
過去の自分やアスターがそうだった……。兄の存在が大きすぎて、その先を目指すなど到底無理だと諦めていた。
「誰かの背中を追うんじゃなくて、もっと自分の限界に挑戦してみろ。お前ならもうできる」
「……………っ」
胸がキュッと締め付けられる。
兄はずっと前ばかり進んでいくような人だった。僕達のことなんて放って前へ前へと進んでいってしまう。その距離はどんどん遠退くばかり。だから、振り返ってそんな言葉を掛けてくれるなんて思わなかった。
少し…、こんな自分でも認めてもらえたような気がした。
「なんだよその顔。俺今いいこと言っただろう?」
「………どうかな」
素直に肯定の言葉を返せず、素っ気なく答えてしまう。
「それに俺、去年闘技場壊しちゃったしな。学園長にまで『今年も出るの?』って聞かれたし」
「……え、アル兄さんそんなことしてたの?」
さっきまで少しジーンとしてたのに…。ドン引きだ。
「まぁ、なんだ。ちょっと張り切りすぎただけだ」
「ちょっとじゃないんじゃないの?」
聞けばアル兄さんのせいで会場の損傷が激しく、試合を一時中断せざる得ない状況にまでなってしまったらしい。
「でも、だからって今年は真逆な医療班っていうのもね。似合わなさすぎだよね…」
「なんでだよ。薬草学学んでいるんだし当然だろう?」
「大方ソフィア義姉さんがいるからでしょう?」
ドヤ顔で言うので、容赦なく水を差してやる。医療班は医務室の先生方の他に、薬草学の研究生や草花を愛出る会、または魔術科からも数名救護班として参加者がいる。もちろんその中にはソフィア義姉さんの姿もあった。
「………………」
図星らしい。黙ってしまった。非常にわかりやすい。
「まぁいいけど。…でも、カイルさんの戦いも見てみたかったな」
「カイルは帝国側の警備だってな」
「せっかくの大会なのにちょっともったいないな」
帝国からも警備兵は配置される。厳重な体制のもと大会は開催されるのだ。わざわざ生徒を警備補助に入れる必要性はない気がした。
「会長の発案らしい。配置については帝国も関わっているそうだ。警備兵は誰が学園関係者か詳しく見分けがつかないからな。生徒も完璧ではないが、自分の学年くらいは顔を記憶してるだろうしな。少しは役に立つだろうさ」
「厳重だね」
「ああ、それにカイルもあまり目立つことは好まないからな。黙っている方が好きみたいだし」
「それってアル兄さんがよくしゃべるからじゃないの?」
「………え?」
「いや、詳しくはわからないけれど」
「…………」
(自覚なしなのか)
「カイルさんが大人な対応してくれてよかったね」
不服そうな顔を向けられたが、きっとそうだろう…。二人の不参加は非常に残念だったが、兄が言うようにいい機会なのかもしれない。
(自分の限界……か…)
己の剣をもう一度見つめギュッと持ち手を握りしめる。
「アル兄さん…、あと一回練習付き合ってもらえるかな」
「ああ、何回だっていいぜ?」
練習場の中央に立つ。僕らは再び剣を構えることにした。
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