第88話 伝書鳩と銀色の犬★
クークー……、ポポポポポッ……
「すごい数ですね…。ふふっ、可愛い」
「若いお嬢さんなのに動じないとは珍しのう」
白いひげを触りながらアルノー先生が感心する。
先生はこの飼育管理エリアの獣医を担当している。若手の助手の方々が数名先生の指示で動いているようだ。
「父が動物好きだったので、出かけ先で触らせてもらえる機会があったんです」
お父様とはそれなりに一緒に出掛けることは多かった。
その先々で見つけた動物をお父様は嬉しそうに見せて、触らせてくれたのだ。ただ、レヴァン家では動物を飼ってはいない。
それはお母様に動物アレルギーがあったからだ。
父としては母を気遣いつつも、自分の好きなものを子ども達にも見せてあげたいという気持ちがあったのかもしれない。
「なるほど、なるほど。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ここにいる子達は皆人懐っこいやつでのう。ほら、もう君のことを仲間だと思っているらしい」
「え、あ、ふふふ。……ありがとう」
両肩に一羽ずつ。腕にも数羽乗って来る。その一匹に挨拶すると「クルッポー」と返事を返してくれた。
結局、ルビーには会えなかったが、人懐っこい鳩達もとても可愛らしかった。
「なんだか、おとぎ話のお姫様にでもなった気分ですね」
「ククッ。天使様の方がもっと似合ってますよ?」
助手のリシューさんがクスリと笑う。彼は私が『月夜の天使』と噂されていることを知っているようだ。
こんなところでその名前を出されるとは思わなかった。ちょっと恥ずかしい。
「それは名前負けしてしまいます」
「謙遜しなくてもいいのに」
「いえいえ、そんなーー」
その時だった。
サーッと羽の音と共に視界が一気に真っ白の風となる。
鳩達が一斉に空へと舞い上がったのだ。圧倒され、ぎゅっと目を瞑る。
一瞬の風が収まった後、ゆっくり瞼を開けると目の前には銀色の大きな……。
「…わんちゃ…ん?」
「ワンッ!!」
銀色の毛並みの良い大きな犬がその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。鳩達と遊びたかったのだろうか。
「もう、ルルッ!お座り!落ち着きなさ~~いっ!!あぁ、アルノー先生方も申し訳ありませんっ!!…て、…あっ!」
「ヴィオラ様……?!」
「どうして、…あなたがこちらにいらっしゃるの?!」
「え、えっと。ヴィオラ様も………」
お互いぎこちない会話になってしまう。だが、ルルと呼ばれた大型犬だけはヴィオラ様に抱きしめられるように捕まえられ、ハフハフと無邪気な顔を向けていた。
「おやおや、知り合いかのう?」
「し、知り合いというかっ!!その…同じ学年で…」
ヴィオラ様はそこまで喋ると、もごもごと口ごもってしまう。この間の騒動の後だ。お互いに少し気まずいところがあった。
「失礼。先生、僕は鳩達を捕まえて巣に戻してきます。ヴィオラ嬢、もう少々、躾の方、頑張ってくださいね」
「あ、……うぅ。申し訳…ありません」
「いえいえ。では」
鳩達は群れをなし空で円を描くように旋回していた。リシューさんはそれを手際よく、鳥笛を鳴らし巣へと誘導していく。
「アルノー先生、ルルのことなのですけど。部屋にいても落ち着かなくてくるくる部屋を回ってばかりいるんですの」
「ほうほう……。不安なんじゃなぁ。じゃが安心せい。ルルはちと、臆病なんじゃ。毎日ここの中庭で遊ばせてあげればその内落ち着くじゃろうて」
「………ですが」
「使い魔とは主人の心の代弁者じゃ。ヴィオラ嬢もここへ来てまだ数日じゃろう?どんなにすましていようと動物は主人の動揺に反応してしまうらしい。ほれ、ボールをやろう。これで遊んでおいで」
そういえば、ヴィオラ様は魔力が高いと噂されていた。
使い魔がいても不思議ではない。だが、ルルの調子がいつもと違うのが気がかりのようでヴィオラ様は沈んだ顔をしていた。
「主人の愛情が大切なんじゃよ。どれだけ必要とされているか…。犬は特にな。よーく接してあげなさい」
ヴィオラ様は素直にその言葉に従い、見事なカーテシーの後、ルルが走った方へと去っていった。
「先生、使い魔っていつも主人と一緒にいるものなんですか?」
「そうじゃのう。わしも使い魔が専門ではないから完全とは言えんが…一般的にはそう言われておる」
「一般的、ですか?」
「うむ。絆をな、深めて信頼を築く為と言われておる。じゃがのう、ルビーは全くもって自由奔放じゃな。ただの猫とそう変わらん。コーディエライト先生はそれでいいと仰っていたがなぁ」
「ルビーは気まぐれなんですか?」
「うむぅ。まぁ、そうなのかもしれんのう。よくわからんが、月が見える夜はよく散歩している気がするのう。この間も満月の晩にちょうどそこの大きな石の上に乗っかって居座っておったわ」
夜か……。
「そうじゃったっ。すまんが、ヴィオラ嬢にこれを渡してくれんかのう」
先生が持ってきたものは、犬用のおもちゃとボールだった。
「ルルはすぐおもちゃを壊してしまうんじゃ。予備を渡すのを忘れとった」
「予備?」
ルルはヴィオラ様の護衛としての能力も優秀のようだ。
目元は優し気なわんちゃんだったけれど、あのガタイだ。噛まれたら…と想像して思わずブルッと震えてしまった。
「ワシは腰が悪くてのう。あそこまで歩くのは少々難儀での」
「あ、はい。それでしたら…承ります」
「すまんのう」
先生はそういうと、次は馬を見に行くと言い、馬小屋の方へと行ってしまった。
…つい、頼まれごとを受けてしまった……。
野原の方へ顔を向けると走り回るルルと両手を腰に当て様子を見ているヴィオラ様が視界に入った。
◆
「この前はその……言いすぎましたわっ!」
ふんっと顔を背け、わかりやすい反応をする。
頼まれたものを渡して、そそくさと帰ろうとしたところ意外にも呼び止められ、そう言われたのだ。
「あなたのことも誤解していたようですし」
「え……?」
「文書ではあの様なことになってしまいましたけれど、フェルマーナさんの家にはわたくしの通っていた学院への推薦状を書く話を通してますの。………せめてもの情けですわ」
「それは、本当…ですか?」
「ええ、嘘なんて申しませんわ!ただ、ご本人がどう受け止めるかはわかりませんけれど…。……クリス様にも止められてしまったし」
「……?」
「こっちの話ですわ!あなたは気にしなくてよろしくてよっ!」
「はっはい」
そう答えると、遠くからルルが駆け寄って来た。そのまま、ヴィオラ様のところに行くとクゥーン、クゥーンと可愛い声を出して鳴いている。
「ルル、さっきも沢山遊んであげたでしょう?わたくし、もうクタクタですの。おしまい。お・し・ま・い・っ」
けれど、ルルは首を傾げ、右へ左へとジャンプする。どうやら、まだまだ遊び足りないようだ。
「もぅっ。腕が痛いんで・す・の・よーー!!!」
ボールはぴゅーんっと勢いよく飛んでいく。
口では文句を言いつつも、可愛いルルには敵わないといったところだろうか。ルルは勢いよく走り出し、風の様にすぐさま戻って来た。
もう一回、もう一回やろう!とせがんでいて元気いっぱいのようだった。
もしかしてずっとこの繰り返しをしていたのだろうか。
ヴィオラ様はルルの頭を撫でてあげた後、苦笑しながらも、ルルの願いを叶えてあげるようだ。
もう一回だけですわよ?と念を押しながら。
そして、スウッと大きく深呼吸し…………。
「ぉぅじの馬鹿ああああああああああああ゛~~」
大事な部分は小さな声で言っていたが、すごい言葉が飛び出てきて呆然としてしまった。渾身の力を込めたボールは先ほどよりも遥か遠くへと飛んでいってしまった。
「ふうっ。意外とストレス解消になりますわね」
「…………」
「なんですの?その顔、失礼じゃなくて?」
「あっ、え、すみません。ちょっと思いがけない一面を見て呆気に取られてしまって…」
「わたくしだって、表と裏があるんですのよ?嫌なことだってありますわっ」
「嫌なこと……」
先ほどの台詞からして、クリス皇子に何か不満があったのだろうか。
「クリス様とは極力話したくありませんの!それに、今はこの子が心配ですし」
ワンッ!といい返事をして、ちょこんとお座りする。一緒に座ったら、私よりも背が高そうだった。
「ルルちゃんですか?」
「そんなに可愛い大きさではありませんわ。でも、ええ。最近頻繁にそわそわして落ち着かないんですの……。遠吠えもしてしまうから、酷い時は夜間こちらでお世話にもなってしまって」
クゥーンっと子犬のような可愛らしい声を出す。
顔を合わせると、優しい瞳で見つめ返してくれた。外見と違い、実は優しい子なのかな?
しゃがみ込み、足元に手を出すとお行儀よくお手をしてくれた。
大きくて重たいおててだ。
「この子、何も言わなくてもお手してくれるんですね。偉い」
「ええ。いざという時はしっかり働いてくれる賢い子なんですのよ?ねぇ、ルル」
優しい手つきで頭と背中を撫でる。ヴィオラ様は自分の使い魔を褒められ上機嫌といった感じだった。きっとこの子のことがとても好きなのだろう。
「ねぇ、あなた、犬について詳しいのかしら?」
彼女の手元には使い魔と犬についての本があった。
「犬は飼っていなかったので、そんなにではありませんが……」
「そう………」
シュンと肩を落とした姿を見ると、ちょっと後ろ髪を引かれてしまう。
「あ、あの…、お役に立てるかわかりませんが、一緒に考えてみますか?」
「まぁ、よろしくて?」
今度は花開くように、ぱぁっとヴィオラ様の表情が明るくなった。
(ヴィオラ様って、意外と可愛い方なのかな…?)
ティアラと鳩の絵はこんな感じで。
https://kakuyomu.jp/users/tomomo256/news/16817139557388431422
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