第87話 研究室での会話
「フォルティス卿、ティアラはその、大丈夫なんですか?」
「…大丈夫とは?」
研究室にて、水晶を手にしながらクレア嬢がそう尋ねる。
「また倒れたら…。魔法は効かないのでしょう?」
「緩和魔法で軽度の状態異常は回復できるが、精神的なものはね…」
魔法は万能ではない。治癒魔法は外傷には効果が高いが、病には効き目が薄い。緩和魔法で軽度の吐き気や眩暈などは治すことができるが、精神的な症状は根本的には治せない。
医務室に運んだ時も、レヴァン家の秘密やティアラ自身の事情がある為、簡単な診察後、先生には適当な理由をつけて席を外してもらうことにした。
「だが今後もサポートしていくつもりだよ」
「……私もそれは同じです。アスターだって。だけど、もし、『フォルティス卿が魔法が使える』って誰かから聞いてしまったらどうするんです?また倒れてしまうかも…」
以前、クレア嬢はティアラに同じような質問をしたことがあった。だが、その時のティアラは『カイル様は魔法を使えない』と否定した。
その時はまだ彼女の心が真実と向き合う勇気がなかったからだろう。
しかし、レヴァン領での一件で彼女の心は変化した。家族からの愛情や、過去と向き合ったこと。そして自分(カイル)と意思疎通できたこと。それらが彼女の心をより安定へと導けたのかもしれない。
『倒れたこと』……。それは目を逸らさずに真実を探ろうという気持ちが芽生えたからだ。ティアラの精神と心が少し強くなり、余裕が持てたからできたこと。
苦しむ姿を見るのは自分にとっても耐え難い苦痛だった。だが、お互いに乗り越えなければ、ずっとこの先も不安定なまま。自分がしっかりしなければ、何も変えられない。
あと少し……。あと少しなんだ……。
「学園内であれば俺が魔法を扱えると気づいている者は限られている。君やアスターに契約を結ばせたのはその件も含まれていただろう?」
「そうですけど……」
「知っているのって、うちの兄弟とソフィア義姉さんと……あと誰ですか?」
アスターが質問する。
「学園長とクリス皇子かな。クリス皇子殿下は陛下から俺を監視する命令を受けているだろうしね。あとはシノンとコーディエライトあたりは気づいてそうかな……」
「えっ!なっ…!」
「まぁ、その他にもし知っている者がいたとしても、おいそれと君みたいに口に出す者はいないだろうね」
「あー、クレアは鑑定の瞳があるからか。見えたらそりゃ気になるよなぁ……」
「クレア嬢の領地は帝国からかなり離れているからな。流石にそこまでフォルティス家の噂は流れないか」
「えぇ??どういうことですか?クリス皇子も監視者だなんて……」
コーディエライト先生の時もそうだったが、情報が乏しいクレア嬢には今一状況が飲み込めないようだった。
「そうだな…。悪いけど、相手が危険な行動に出る前に忠告しないと意味ないだろう?」
「うっ……。確かにそうですけどっ!」
「まぁ、クリス皇子殿下のことはフォルティス家とアルベルトくらいしか知らないだけどね」
クレア嬢はブンッと勢いよくアスターの方を見る。
「あ、ああ……、うん。俺も流石に知らなかった」
「そうなのね。でもっ、……あっ!まさかクリス皇子殿下がティアラによく接触していたのって」
「…………そうだよ。ティアラには濁して知らないふりをしていたけど、実際のところは俺のせいだ」
「そ、そんな………」
「弱みを探ろうとでもしたんだろう。……ティアラには巻き込んでしまって申し訳ないと思っている」
「弱みって…。反逆を企てないようにですよね。より服従するようにってこと?」
「俺……見かけたら即行割り込むようにする……」
クリス皇子の今までの不可解な行動が少しわかり、二人は沸々と怒りを露わにしていく。
「帝国とは間接的な関係を維持しているが、こちらは強力な魔力保持者だ。野放しにはしてくれないさ。学園にはちょうどクリス皇子が在籍しているし、適任だっただろうね」
陛下には宮廷に赴いた際、
『学園にはクリスがいる。何かあったら、息子に頼る様に』
と言われたことがあったが、裏を返せばいつでも監視しているという意味でもある。
クリス皇子については、学園に来た当初はさほど接触なく、お互い一定の距離を保った関係だった。
しかし、ティアラが来てから状況は一変する。
彼は妙にティアラに接触を謀ろうとした。弱いところから探りを入れるのは理解できるがそれにしては些か不可思議な行動だった。
(俺に対しての個人的な敵意は陛下が自分よりも重要視するような目を向けているからか……。ティアラに対する執着は…………。なんにせよ、拗れた感情でこちらをかき乱さないでほしいものだな。)
彼の行動は今後も探っていかねばならないがまだ答えがはっきりしない。
彼らには断定できる情報だけを伝えることにした。
「帝国側も暗躍者として俺を帝国の懐刀にした方が何かと都合がいい。だから、今はまだ接触も限られたものになっている。まぁ、コランダムには知られているから、この状態も一時的ではあるけどね」
父であるフォルティス侯爵はその点では一役買っていた。
巧妙な交渉を重ね、現在のような曖昧な立ち位置を確保するに至ったのだ。
更には宮廷外の地方貴族にも嘘の情報を拡散し、フォルティス侯爵家の脅威をほのめかすようにして不必要な噂を粉砕させていた。
その為それはある程度の牽制にもなっていたのだ。
「フォルティス家の噂もあったからむやみに絡まれることもそこまでなくてね。まぁ、中には例外もあったけれど」
その噂を搔い摘んで教えてあげると、クレア嬢は震えあがっていた。
嘘とはいえ、半分は本当のことも混じっていたので、真面目に受け止めてしまったのかもしれない。
「実は、君のことは少しかっているんだよね。フォルティス侯爵家への噂を知っていても、知らなかったとしても、君はティアラを取っただろうからね」
「あ……。それは、その。私にとってティアラは大事な友達ですから…!」
「ふふ、良い解答だ。情に熱いのは不安材料にもなるが、……ティアラに対しての想いの強さは、俺にとってはありがたい。強い契約の絆を築ける」
クレア嬢は急な褒め言葉に戸惑い少々照れ気味になっていた。
隣でアスターがニヤついていた為、その背中を思いっきり叩いてもいたが……。
「さっき、ティアラがまた倒れたらと言ったが…。たぶん、次は持ちこたえられると思う」
「……どうしてそう言えるんですか?」
アスターが不思議そうに尋ねて来た。
「一度体験したことだ。少し耐性がつく。似たような状況下に陥った時、経験から少し身構えるられたりするだろう?」
「それは…そうですけど……」
「アスターが心配している部分もわかるよ。万が一という場合もある……。だから、いざという時の備えも用意している」
「備え?それってなんなんですか!?」
食い入るように二人から問われる。
「それはね……―――――」
腰掛けていた椅子にもう一度深く座りなおし、手を組む。
はめていた指輪が静かな光を放ちまるで微笑んでいるようだった。
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