第48話 11本の黒薔薇/カイル(過去2)



「カイル…。大事な話があるから中へ入りなさい」



 父の書斎へと通される。ソファーに腰掛けると、向かい側に父が座った。



「ティアは……?」


「魔法で一時的に眠っている。倒れた時の印象が強く残っていたんだろう…。お前を見て取り乱したのはそのせいだ」



 先程のティアの様子を思い出す。あれほどまでに感情を露わにした彼女を見たのは初めてだった。



「フォルティス家の血筋で魔法を扱える者は皆闇属性が強く受け継がれる。カイル、お前もそうだ。魔力が強いのはソフィアに受け継がれなかった分なのだろうと思っていたのだが。お前は私以上の魔術師になるだろうな…」



 確かに父の言う通り、そうなる可能性は高いのだろう。


 僕の魔力量は代々続くフォルティス家の家系の中でも飛びぬけて凄まじかった。鑑定の瞳なしで肉眼で魔力が見えるというのは異例なことだった。



「でもっ、そのせいで暴走しました…」


「ああ…。だがティアラが受け止めただろう?彼女の魔力もまた特殊だったのだ。暴走を消したのはティアラの浄化魔法を一緒に吸収したからだろう」


「浄化魔法…。光属性のですか……?」


「ああ、そうだ。今お前は幾分魔力が安定しているだろう?」



 言われてみて納得する。あの時感じた疼くような違和感はさほど感じられない。


 父は以前からそのような点も含めてゆくゆくは僕の補助ができるようにとティアとの婚約を考えていたらしい。


 僕自身も婚約については薄々感づいてはいたのだが………。



「今、ティアラの魔力の大半はお前の中に入ってしまっている。だが、彼女の光魔法が無意識のうちに自己防衛反応を起こし彼女自身を守ったんだ。すべての魔力が奪われないように、互いの間に細い光の糸を繋げ魔力維持と共存を謀ったのだろう」


「……共存。じゃあ、僕と繋がっていたから助かったってこと?」


「そうだ。お前があの子の魂の大半を持っているようなものだ」


「………そんな…。僕、そんなもの望んでないよ……」


「だが、あのまま暴走していたら、お前だってただではすまなかったんだ。あの子が代わりにお前を助けてくれたようなものだ……」



 自分が未熟だったから、そのせいでティアが犠牲になったのだ。胸がじくじくと痛む。後悔してもしきれない。


悔しさで握りしめた手からは血が滲んでいたがそんなことどうでもよかった。どこへも向けられない怒りを無造作にぶつけてしまいたかった。



「カイルッ、やめなさい。ティアラを守りたいのならば、まず自分自身の精神を整えるのだ。お前たちは繋がっていると言っただろう?お前が心を落ち着かせられれば、ティアラも少しはましになるだろう」



 はっとして、握りしめていた手を緩める。



「僕が変われば、ティアも良くなるのですか?……いや、僕が浄化魔法を食らったのなら、僕が使うということはできないのですか?浄化魔法でティアを治すことは?」


「浄化魔法は価値の高いものだ。できなくもないが…、恐らく特殊能力はティアラの方にある。あれは簡単に引か剥がせるようなものではないからな。それに、数年間蓄積されてきた魔力を奪われたのだ。すぐに魔法が使えるような状態でもないだろう」


「じゃあ、どうしたら……。他に手はないのですか?」



 眉を寄せ父は考え込むように目を瞑る。そして何か決心したかのように、瞼を開けゆっくりと言葉を発した。



「禁術魔法を使う。お前とティアラの記憶を元に精神操作の禁術を使えば楽にはなれる………」


「そんなっ……!」



 父の言う精神操作とは言わば催眠術や洗脳のようなものだった。


 ティアの脳内は混乱してはいるが、完全に記憶が抹消されているわけではない。催眠状態にしてまず混乱の元となってしまった記憶だけ蓋をする。


 そして今まで何不自由なく幸せに包まれた生活をしていたことや、魔法に対する恐怖心を消す為カイル・フォルティスは魔法が使えないという偽の記憶を刷り込む。


 そして僕に対し兄のように慕っていた気持ちを恋と錯覚させる。



「いずれは婚約する者同士だったのだ。そのように洗脳させた方がティアラにとっても、せめてもの救いになるだろう………」


「………救いって!!いつかその洗脳が解けた時、どうするのです?レヴァン卿だって自分の娘にそんなことされたら黙ってないのでは?禁術だって皇帝陛下の許可が必要じゃないですか!!」


「……レヴァン夫妻はそれでもいいと言っていた」


「……なっ」


「方法が他にないのなら…、その方がいいと言っていた。それに今回の件は非常事態だ。皇帝陛下の許可も頂けるだろう」


「だとしても………っ!偽った記憶で操られて生かされるなんて……。もし魔力が回復されても僕や帝国に利用されるってことだろう?そんなの……ただの人形と同じじゃないか!!!!!」


「お前の言いたいことはわかる。だが他に方法があるというのか?…禁術を使わなければ、精神崩壊した彼女は次第に自死するだろう…」



 限られた選択肢はどちらも選び難いものだった。いや、選択肢なんてそもそも無いに等しかったのだ………。ティアを生かすには禁術魔法をかけるしか為す術がなかった。





 父は陛下からの許可が下りるとすぐに精神操作の魔法をかけることにした。



「ティアラ・レヴァンです………。カイルお兄様」



 その瞳は虚ろで、本当に人形のようだった。



「………うん。知ってるよ…」


「………?」



 ぼんやりとした表情で不思議そうにこちらを眺める。僕は一つ一つ紐づけるように一緒に過ごした時の話をする。


 ティアラは黙ってじっと話に耳を傾けていた。けれど、次第にこちらの方が辛くなって席を立ってしまった。


 それでも雛のようにくっついてくる。「カイルお兄様……待って、待って」と不安そうに追いかけながら。


 レヴァン夫人も心配になりティアラを抱きしめ追うのを止める。すると、母に縋りつき、ぎゅっと抱きしめ返していた。


 僕にはその光景さえもが痛々しく感じて目を背けてたくなった。一番欲しかった母からの愛情を今になって貰うなんて…。


 ティアはもっと前から欲していたというのに。憤りと悲しさと現実をまだ受け入れることのできない自分とで胸の中はぐちゃぐちゃだった。






「父様………、やっぱり僕には耐えられません。あの子に『おにいさま』と呼ばれると胸が引き裂かれそうになるんです。ガラスの様な瞳で見つめられると苦しくて…泣きそうになる………」



 悲痛な表情で訴えると、父は眉を寄せ難しい顔でこちらを見てきた。



「では…一緒に過ごした日々も最小限の記憶にしよう………。名前の呼び方も…な。それから今後のことだが…」


 僕の精神が不安定だとティアにも影響が出てしまう。


 そして、一時的に魔力を防げたとしても今後また蓄積されていく魔力を安定させるには魔術の勉強を学びコントロールできるようにしなければならない。


 その為にも魔法の栄えたコランダム国へ留学するようにと伝えられた。


 更には、一度許可したはずの禁術魔法について帝国から追加の条件を言い渡されたというのだ。強力な魔力を保持する僕を皇宮で生かし貢献せよとのことだった。



「なんでそんなことを…」


「後になって、こちらの事故と禁術魔法を使った詳細を見て使えると思ったのだろう。だが、私とて簡単にお前を差し出すつもりはない。どうせ何か帝国に都合のいい枷をはめて魔法兵器のようにでも使うつもりだろうからな……。お前はまずコランダムで自分自身を見つめ直し心身ともに鍛えティアラを受け止められるようになりなさい。私はお前が戻ってくるまでの間に帝国に対しての対抗策を練っておくから」


「父様…」


「ティアラのことは問題ない。私とレヴァン卿に任せなさい」



 父は帝国から僕を逃がす意味も込めて留学させることとした。帝国へは、コントロールできない魔力では第二第三の被害者を生み危険だと理由をつけて……。



************************

・ティアの「カイルおにいさま」と「カイルお兄様」呼びはわざとひらがなと漢字にしています。でもカイルの耳に届く時には雰囲気が違くても「カイルおにいさま」変換されて辛い。みたいな…。






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