第4話 お嬢様は入学する4



「うーん…」



 研究生の棟へ来たのはいいけれど、カイル様がいる場所はどこなのかしら…。棟の案内図とにらめっこしながらつい唸ってしまう。


 もう三分くらいは見つめている。地図はちょっと苦手……。


 駄目だわ…。仕方ない、誰かに尋ねてみよう。


 ちょうど右側の方からこちらへ歩いてくる褐色の髪の青年が見える。


 あの方に聞いてみようかな。



「あの…!少しよろしいでしょうか!」


「…ん、何か用かい?」



 優し気なちょっとたれ目の男性は気さくそうな人だった。



「ええっと、少し道をお尋ねしたいのですが、精霊石を扱う研究をしている場所ってどこだかご存知でしょうか?」


「ああ…。たぶんここら辺だよ」



 そう言いながら案内図の斜め上辺りを大雑把に指差した。




(………え?……どこ??)




 指差した場所を見るが、それらしき案内説明文もないし、そもそも大雑把で、指した場所には数個の部屋があってどれだかよくわからない。



「あの…、そこのどのお部屋でしょうか?」


「えーっとここら辺」


「…こっちの右ですか?それともあちら?」



 届かなくて、ぴょんっと案内図の上の方を指差して確認する。



「あー…、じゃあ連れてってあげるよ。俺もそっちの方に行く予定だったし」


「え、あ、いえ、大丈夫ですっ!だいたいわかったと思うので…」


「いやいや、そう言ってまた迷うかもしれないし」


「まっ!まだ迷ってません……!!」


「はいはい、こっちだよ~」



 そう言うと私の手を取りすたすたと歩きだしてしまった。



(足早い~…!それに見た目と違ってちょっと強引な方だった……!!)



 彼の大きな手にしっかりと握られて、振りほどくことは……できなさそうだ。あきらめてちょこちょこと足を速めてついていくことにした。


 急に繋いでいた手が離れたかと思ったら、彼が立ち止まった。


 つんのめりそうになったけどなんとか踏ん張る。



「ここだよ。というか、兄弟か誰か研究生なのかい?」


「はぃっ!いえっ!!………えーっと、知り合いの方がいるんです」


「へぇ…、中入る?」



 思わずブンブンと横に顔を振る。



「いえ!!ちょっと覗いてみたかっただけなので大丈夫です……!」


「ここまで来たのにいいの?」



 今度はうんうんと縦に強く顔を振って見せた。



「君、健気だね。もっとグイグイいけばいいのに」



 ははっと声を出して笑われてしまった。




(そんな目的で来たんじゃないもの!…ちょっと見てみたかっただけだもん!!)




 なんだかこのままこの人と一緒にいると強引に教室の中へまで案内されそうだと感じ、思わず一歩後ろに後ずさると、…トンっと後ろの窓に当たってしまった。


 部屋の窓は廊下側もあり、そこから中の様子が見えるような構造になっていた。後ろを振り向くと、部屋の中にカイル様がいて、思わず目が合ってしまった。


 あ……っと思っているうちに、彼は扉を開けて廊下に出てきてくれた。



「ティアラ!どうしたの?よく来れたね。アル、お前が案内してくれたの?」


「ん?カイルじゃん。ああ、なんだ。君、カイルの知り合いだったのか。言ってくれればよかったのに」



 そ、そう言われても…。



カイル様には見つかっちゃったし、二人とも背が高くて囲まれるとなんだかコワイ。


 不思議な圧迫感があるようだ。



「アル、お前強引すぎ…。連れてきてくれたことには礼を言うけど、ティアラが怖がっているから」


「ええっ!そうなのか?ごめんな」



 そう言って屈んで顔を覗き込んできた。私はびっくりして咄嗟にカイル様の背中に隠れてしまった。




「アル……」




 呆れ顔で、おまえはもうこれ以上近づくな…というようにカイル様は腕でガードして庇ってくれた。



「じゃあ、行くわ」


「ああ…。ありがとう」




(あ……!)




「あ、あの……!アル様、ありがとうございました!!」



 と、カイル様の背中を借りてお礼を述べた。アル様は手を振って歩いて行ってしまった。



「ティアラ、大丈夫?」



 後ろを振り向いてカイル様は心配そうに声をかけてくれた。



「は……ぃ」



 返事はしたものの、なんだか一気に疲れてしまった。研究室の棟の休憩室に案内されると、カイルの従者のジラルドさんが手際よく紅茶を入れてくれた。



「すみません…。突然来てお茶まで頂くなんて。本当はカイル様の研究してるお姿を少し見てみたかっただけなので……。もう、帰りますので…」



(うう…。研究の邪魔までして、私なにやってるんだろう…)



 座ったソファはふわふわで、自分の体もズーンと沈んでいくようだった。



「いや、別に大丈夫だよ。来てくれたことの方が嬉しかったしね。僕ももう終わりにしようと思っていたから。せっかくだし一緒にゆっくりしよう」



 カイル様の優しさに充てられ、思わず目元が潤んでしまう。彼は黒を基調にした服装をしており、ソフィアと同じ白金の髪プラチナブロンドを一つに束ね、優雅に紅茶を飲んで微笑んだ。



「その髪飾りつけてくれたんだね。嬉しいな。とても似合ってて可愛いよ」



 ぽんっと一気に顔が赤くなる。



「あ、ありがとうございます……」


「制服とも合うし、プレゼントしたかいがあったね」


「私もこの蝶々お気に入りで……。でも、今日つけてたらお友達の子が眩しがっていたのでクラスの中ではちょっとつけずらくなっちゃって…………」



 私はお気に入りの髪飾りを撫でながら、今日あったことをぽつりぽつりと喋ることにした。



「…そうか、それは残念だったね。でもあまり気にすることないよ。…それか、……そうだな」


「………?」


「次はお揃いのもでも作ってみようか。あまり目立たない方がいいなら、指輪かネックレスかな」


「………ええ!!!!」



 あわあわと困惑の顔を見せる私を他所にカイル様は楽しそうに話を進める。



「ああ、もうすぐ新入生歓迎会のパーティーもあるからそれまでには渡せるように頑張るね」


「…………は、はぃ」



 私は消え去りそうな声で返事をした。



◆◆◆



 月が夜空に高く昇る頃、カイルは自室の机の書類を広げて眺めていた。



「………どこまで気づいたんだろうな」


「カイル様…?」



 呟くように声を漏らす主人にジラルドは思わず聞き返す。




「いや、なんでもない」



「……カイル様、お戯れもほどほどにしてくださいね」


「大丈夫だよ。まだばれてはいないだろうから。それにやってることは別に悪いことじゃないだろう?」




 ニヤリと笑う主人を見てジラルドは頭を抱えたくなった。



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