第32話 お嬢様と演奏会のその後2
シオンとカイル様の特訓は剣術の基礎練習で使っていた木剣から鉄製の刃引きの剣に変えて行われていた。
木剣では感覚や速さを重視した練習だったが、鉄剣だと重みも加わり動きが鈍くなる。
基礎で身につけた身体の動きを崩さないように気をつけながら、より実戦的な攻撃の練習を行うのだ。
剣術科での授業ではこの刃引きの剣を使うのだが、最初の授業ではほとんどが素振りと的当てとなる。
フレジアもシオン様と一緒に授業を受けているが、女性用の剣はもう少し細く軽いそうだ。
「フレジア嬢も頑張っていたよ。女性用の剣でも結構重たいのに何百回と素振りを休まずにやっていたな。彼女も昔からやっていたんだろう?振り方がとても綺麗だったよ」
「そうなのですね。フレジアも頑張ってるんだ…。重さってその剣の半分くらいですか?」
「女性のはそうだね、ちょっと持ってみる?」
そう言って私に手渡してくれたが、ずっしりと重くて両手で持てても振り上げるのはとてもじゃないが自分には無理だった。
これの半分の重さとはいえ、あんな華奢な女の子が振るってるなんて……!フレジアすごい…。
「これ、本当に振れるんですか!?︎こんな重いもの……」
「そうだよ。だから、剣術科では素振りをして重さに慣れる訓練をするんだ。それに持てても最初は動きが鈍くなってしまうしね。うまく間合いが取れないんだよ。そういう感覚を覚えるために最初に木剣を使っていたんだ。まぁ、シオンは鉄剣も扱い慣れてるだろうけどね」
「いえ、最初の基礎を直してくれたので、だいぶ動きが変わりましたよ」
「それは良かった。それじゃあ、そろそろ続きを始めようか?ティアラは危ないからあっちの丘の方まで離れているんだよ」
カイル様はそう言うとシオン様と一緒に中央の広々とした場所まで移動した。カイル様は鉄剣を片手で軽々と構える。
シオン様も両手で剣を持つ。そしてお互いにゆっくりと距離を詰めていく。
2人とも真剣そのものの顔をしている。しばらくするとお互いの間合いに入ったのか、立ち止まり向かい合う。
「いくぞ!」
カイル様の声とともに激しい打ち合いが始まった。キンッと金属同士がぶつかり合う音が響く。カイル様の打ち込みは速く鋭い。
それをシオン様は全て受けきっている。私はあまりの迫力に呆然と見つめることしかできなかった。
しばらくして、シオン様が少し後ろに下がり剣を構え直す。カイル様も同じようにして向き合ったまま動かない。
どうしたんだろうか?と思ったら、急にカイル様に向かって駆け出した。あっと思う間もなく、次の瞬間にはガツっと大きな音を立てて、カイル様の持つ剣の上にシオン様の鉄剣が叩きつけられていた。
「だいぶ力が強くなったね。その調子だ」
「はいっ」
「もう少ししたら大会もあるだろう?アルもうずうずしていたから、そのうち本当に乱入してくるかもな」
カイル様は喋りながら、右手で剣をくるりと回し、柄の部分を前にして左手に持ち替えた。
あれっと思いよく見ると、戦い方が変わり遠心力を利用しさっきよりも速いスピードで剣戟が繰り広げられている。
カイル様の剣技はバナディス帝国の騎士の戦い方とは少し違った型のようだったが、だがそれでも美しい動きだった。
シオン様も負けじと応戦している。しかし、段々押され始めたようだ。
「そろそろ終わりにするよ」
そういうとカイル様はまた大きく振りかぶって上から剣を振り下ろした。シオン様はそれをなんとか受け止めたが、バランスを崩しそのまま後ろに転んでしまった。
「大丈夫か?」
「…はいっ」
「アルはこの倍の力があるからな。跳ね返せるくらいの力はつけておいた方がいい」
そう言いながら、カイル様はシオン様に手を差し出した。
私は二人の打ち合いに圧倒されて見入ってしまったが、「そうだ、私も頑張らなければ」と気合を入れなおし運動を開始した。
◆
冷やしていたレモネードを持って戻ってくると、二人はさっきよりも打ち込みの早い攻防をしていた。カイル様の動きには無駄がない。シオン様も負けじとその動きについていくように剣を振るっていた。
「そろそろ休憩しませんか~?」
私が声をかけると二人はピタッと動きを止めてこちらにやってきた。
「お疲れさまです」
特にシオン様は疲労困憊のようで、カイル様がタオルを差し出すもそれを受け取ったきりで、肩で息をするのが精一杯といった感じだった。
カイル様は少し汗を拭うと、涼し気な表情で立っていた。私は二人に冷たいレモネードを振舞う。するとシオン様はそれを一気に飲み干してしまった。
「ぷはー!美味しい!!」
「本当だね。ティアラ、毎回ありがとう」
「アスターに話したらすごく羨ましがられたよ。今度俺も参加したいとか言ってたし」
「へぇ…?」
「あっ、あ、でも!あいつはティアラ嬢に対し恋心っていうよりは憧れっぽい目で見てるだけだと思うので」
とシオン様はカイル様に慌てて訂正する。
「憧れですか?」
「そうそう、妖精みたいに可愛いな~と思ってたら天使になって舞い降りて歌いだして、昇天しそうになったって言ってた」
「……なんだか私すごい人になっちゃってますね」
「そのまま昇天していいよ」
カイル様が呆れたように言い、レモネードをゆっくりと口に含んだ。
「それにしても本当、上手に作ったね。とても美味しいよ」
「…それはよかったです。でも、たいしたことはやっていないのですよ?ほとんどマリアが作ったようなものなんです」
褒めてもらえて顔がほんのり火照る。
「それでも嬉しいよ。ティアラからレモンの香りがすると、今日も頑張ったのかなって思うしね。作ってくれてありがとう」
カイル様はニコリと嬉しそうに笑えんだ。その笑顔は破壊的で真っ正面から受けるとくらくらしてしまう。
「いえ、そんな……」
ーとその時、上空から黄金の鳥が綺麗な声で鳴いてすーっとこちらに降りてきた。
「あ、あれ…クリス皇子殿下の」
「魔法の伝書鳩」
近寄ってきた鳥に手を伸ばすとバサッという音とともに、その手に手紙が落ちてくる。
「わっ!」
「なんて書いてあるんだ?」
「えっと…、次の週末一緒にお茶をしないかって書かれています。今回は返事を伝書鳩に書いてほしいとありますね」
「へぇ…?」
カイル様はそれを聞くなりスッと私から手紙を取り半分に切り裂いた。
「あ」
「わわっ」
「こんなの相手にしなくていいよ。お前も返事はなしだ。もう主人の元におかえり」
カイル様の黒い微笑みを見た黄金の鳥は危機感を抱き手紙と共に金の粉のようにふわりと消えていった。
「はぁ…。全く何を考えているんだか…」
「カイルさんいいんですか?そんなことして」
「皇子が魔法を使って飛ばしているんだ。あの伝書鳩の目からこちらのことも見ていただろうさ」
「そ、そういうこともできるんですね。…というか、皇子も魔法使えるんですか?」
今更だが、そこにも驚いてしまった。
「ああ、王族は代々魔力の高い貴族を娶ることが多いからね。クリス皇子もそれなりに魔法は使えるよ。皇子の場合は剣術科の方を選択しているから、個人的に特別授業をコーディエライト先生から受けていたと思うよ」
「そうなのですね」
「なんにせよ本当、いい迷惑だ…。あの鳥ももう見たくないな…」
ぼそっと話すカイル様を横目で見ながら、私はここで重大なことを思い出した。
プレゼント用に作っていたリボンの刺繍絵が金の鳥だったのだ…。
◆
「マリア!マリア~~!!!」
「はいはい、なんでしょう?お嬢様」
「もう一回!一緒にリボン買いに行きたいのだけど!」
「はい??」
私は先ほどあった話をして、結局その後もう一度初めから刺繍をすることとなったのだ。
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