王都総合ギルドにて
るるあ
第1話 土をトゥティって噛んだから
教会から、昼1つの鐘が聞こえる。
ああ…今日もいい天気。
総合ギルド二階、日当たりのいい一室。
講習を行うその部屋で準備を終えた私は、窓から差し込む柔らかい日差しに目を細めた。
そこへ、パタパタと軽快な足音が近づいて、扉の前で止まった。
控えめなノックの後にそっと開いた扉から、ローブと魔石のついた杖という、いかにも駆け出し魔術師な装備をした少女が顔を覗かせた。
私と目が合った彼女はニッコリ笑って、おさげ髪を揺らしながら勢いよく頭を下げる。
「サティ先生!今日も宜しくお願いしますっ!」
「ふふっ。今日も元気いっぱいね。それじゃ、講習を始めましょうか。」
「はいっ!」
彼女の名前はシーダ。海辺の寒村出身で、ギルド登録間もない、13才の女の子。
12歳になると、各地の教会で行われる成人の儀。そこでは、本人の先天的な適正を鑑定してもらう事ができる。魔法に才があるとか、身体が丈夫であるとか、動物との親和性だとか。
シーダは村の教会で、はっきり結果が出なかったらしい。何も出ないということはないだろう、という事で、改めて街の教会へ。
鑑定水晶で見てみると、魔力は低いが全属性を持つ事が判明、“重点育成者”に認定された。
重点育成者認定が降りた者は、審査はあるが金銭的・立場的に幾つか優遇措置がされる。しかし、それにより将来の道は自ずと決まる事にはなってしまう。その辺りは教会や周囲の良心が物を言うわけだ。
幸い彼女は、寒村とは言え家族のように親身になってくれる神父様であったし、街の神父様は人格者であったので、しっかりと本人の意向を確認、納得の上で、王都ギルド預かりとなった。
で、その街の神父様と私は、魔法学院で師弟関係であった為、ギルドで魔法関連業務を主に請け負っている私がこの度、担当する事になったのである。
ご縁があった、という訳だ。
彼女はそそっかしい所もあるが、5人兄弟の真ん中長女(上に二人兄が居て、下に男女の双子らしい)と言う事もあり、責任感のあるしっかりしたお嬢さんだった。
火を起こす、水を出す等のいわゆる生活魔法に関しては家の手伝いで中々の習熟度であったし、何より素直ないい子なので、大変教え甲斐がある。そのうち、魔法学院への推薦状を認める事になりそうだ。
私も四人兄弟の真ん中長女だし、正直使いこなせてないけど全属性…というわけで、彼女に親近感を感じているのだが、それだけでなく・・・うん。なんだろう?
私は彼女の黒目、黒髪の容姿をすごく懐かしーく、感じるのだ。
小さい頃に魔力暴走を起こした後から、私は時々、こんな風に様々な感情や情報が頭に浮かんで、合点がいかずにもやもやする事がある。
うーん、顔だけでなく頭も残念な私って…。
いやいや、できることを確実に、堅実に、誠実に!だ。フォルチュナ家家訓、小さな事からこつこつと!
シーダを一人前にすべく、私は今日も講習を行うのだった。
☆
「あの、サティ先生!今日は見てもらいたいものがあるんですけど…」
講習を終えた後、シーダは鞄から、薄く魔力を帯びた平らな箱を取り出した。
慣れた手順で箱を開けると、そこには古びた羊皮紙の書き付けが複数枚。
それを手に取り、私に見せた。
「ああ、前に言っていた…。どれどれ、拝見します。」
魔力が関係すると少し厄介かもしれない為、正式な作法・・・両手で、頭を下げたまま、彼女の手に触れながら受け取る。
うん、大丈夫。触れた途端に魔力が離散した。
「さすがシーダ。魔力を帯びた物の扱いはもう大丈夫…?では、なかったのかな?」
その羊皮紙を受け取って顔を上げると、目をまん丸にして固まっているシーダがいた。
昨日の講義で、魔具関係の説明したよね?扱い方次第で命に関わるから、完璧に覚える為にも次のテストに絶対出すって言ったよね~?
うーん、補習確定。
そんな意味を込めてニッコリ笑うと、どうやら理解したらしく、シーダはがっくりと肩を落とした。頑張りなさい!
「じゃ、さっそく見せて貰うわね。」
先祖代々受け継がれているという、魔術指南の覚え書きとやらを手に取る。
彼女のご先祖様に、この国の建国に関わる賢者様の孫弟子?がいたとかいないとか。魔力で封印されたその覚え書きを開封できる子孫が受け継ぐ事になっているそう。
しかしまあその内容が、擬音満載の“グーッと溜めてバシッとやる!”だったり、独自の説明に基づいた表現だったそうで、シーダはお手上げ。で、私に解読の相談を持ちかけたのだった。
「うーん、なるほどね…?」
(腹にカーッと来て…から、貯めてためて…ためらわないことさ?あばよ涙?)
「先生、どうですか?たぶん、なにか魔術生成イメージのコツが書いてあるのかな、と思うんです!こっちの裏は、ぱいるばんかー…はおと…この…ろーまん?で、あとこの下の方は、れぃる…がん?と読める気がします!」
「うーん、そうね…。」
(なんだろう、この、触れてはいけない恥ずかしさみたいな気持ち…?)
「先生、暑いですか?顔赤いですよ??」
「えっ?!そう?き、貴重な物を見せて貰っちゃったから高揚しちゃったのかな?…ええと、もう少し読ませてね?」
(かため…て…きよ?きょうど?強度?をましてし…んくうを…作る?…あ!)
「トゥティ魔術」
…噛んだ!顔熱いっ!!
やめて優しい笑顔でこっちを見ないでシーダ!!
「…トゥ、ッ、土魔術で、魔法銃を精製する時の指南書に似た表現があったのよ。だから土魔法関連かしらね?魔法発動はしっかりイメージを固める事で、より強固に顕現するからね。」
なるほど!とはしゃいだシーダに、次回の講義はこの指南書を使ってやってみましょうと告げて、今日の講義は終了、部屋から送り出す。
ありがとうございました~!と元気に走り去るシーダに笑顔で手を振り、姿が見えなくなった事を確認、素早く部屋の中へ。
閉じた扉を背にして、床に崩れ落ちた。
まだ噛んだ舌が痛い気がする。
でも、そんな事よりも。
…今までの、あの、モヤモヤの正体が判った。
あー、あぁーあーね。
私、日本人だったのか
あー、シーダの黒目黒髪お下げ髪も、彼女の幼なじみ男子の名前ががバズゥで、どちらも惜しいやつ!と思うのも、あの指南書も、ああそういうことね〜……。
噛んだ舌の痛みで転生した事を思い出すって私だけだろうな!アハハハハ…はぁ。
なんだかとてもぐったりして、しばらくそのまま、天を仰いでいた。
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