第7話 ネーグライク

俺とミーシャは、そのまま太陽の沈んでいく西に三日間歩き続けた。

日が暮れるとテントを立て、交代で見張り番をしながら睡眠をとり

そして朝になると、村の人たちが置いていった食料を食べ、

瓶の中の水を少しずつ飲み、馬のブラッシングなどをミーシャが終えると

テントを畳み、荷物を背負いまた歩き出した。

俺は旅の途中で様々な雑談をミーシャとする。

この世界に来る前の話が一番ミーシャの興味をひいたので

学校での山口や美射の面白エピソードを沢山話してやった。

「その人は……兄さんの……フィアンセなの?」

おずおずと美射について訊いてくるミーシャに

「いーや、親友というか子分というか。うーん……俺の一番大切な友達だな」

「……そっかぁ、いいなぁ。私もガッコウに行きたいな……」

「この世界にもあるんだろ?いつか行けるといいな」

「うん!!兄さんといつか一緒に行こう!!」

「そうだなぁ」

生返事をしていると地平線の先から微かに茶色い山が姿を現す。


「岩山だなぁ、けっこう高そうだ」

「あの山を越えると、ネーグライクっていう国があるんだ」

馬上からミーシャが嬉しそうに答える。

「どんな国?」

「優しい女王様が治めている、いい国だよ。

 昔よく、村の皆と毛皮を売りに行ったんだ」

またゴルスバウみたいに頭のおかしい怖い国はごめんだ。

俺はこれから向かう国が、まともであるように密かに祈る。


山に近づいていくと、意外と難所なのが次第に分かってくる。

岩と石だらけの山のそそり立つ岩壁に

少しでもはみ出たら落ちそうな細い人口の道が

山頂まで延びている。

「馬落ちないかな」

「大丈夫だよ。ライオネルは強くて賢い馬だからね!!」

バンバンとミーシャが景気良く馬の身体を叩くと、

「バヒッヒッ」

と茶色い精悍な馬も応えるように鳴いた。


俺たちはその細い山道を注意しながら進んでいく。

意外にもスムーズに山頂までたどり着いた。

広い平地になっていた山頂は一面に青いユリのような花が咲いていて

俺は今までの疲れが一気に吹っ飛んだ。

「ね?大丈夫だったでしょ?」

「そうだな。さすが我が妹とその馬だ」

俺の言葉に喜んだミーシャが、ライオネルにまたがって太陽に弓を掲げる。

そして、何かに気付いて顔を蒼くした。


「ネーグライクの城から……煙が出てる」


「何!?」

俺は平地の端まで走っていく。

確かに向こうの平原に建つ大きな城から煙が何本も出ている。

「行こう!!ミーシャ」

「うん!!兄さん」

山の反対側は比較的平坦で、草木も多く、馬を飛ばしても問題なさそうだ。

と俺が考えていると


「ちょーっと、まったああああああ!!」


俺たちは覆面をしたガタイの良い男たちにいつの間にか取り囲まれていた。

皆それぞれに、槍や斧などの得物を持ち、殺気を放っている。

「嬢ちゃん、ぼっちゃん、馬と持ち物、全部置いていってもらおぅかぁー!!」

「命が欲しけりゃな、けっひっひっひ」

絵に描いたような悪党たちだな。と俺が思っていると

「邪魔だ!!私たちはあの城に行かなければならないんだ!!」

と激高したミーシャが、すばやく矢を弓に番え、そして首領らしき男の腕に放った。

寸でのところでそれをかわした首領は

「このやろーっ!!怪我するところだったじゃねぇかああああ!!」

と怒り狂い、俺に斧を打ち下ろす。

次の瞬間、俺は手に持った槍の柄で、その男の頭を打ち据えた。

やはり思ったとおりだ。相手の動きがほとんど止まって見える。

師匠との修行の日々で培われたらしい自分の実力を理解した俺は、

そのまま、十五人ほどの盗賊団を槍の柄で流れるように殴り続け、

二十秒ほどで全員に土を舐めさせた。

「兄さん、かっこいい……」

ミーシャが羨望の眼差しで見つめてくる。

「うぅ……」

と痛みに唸っている盗賊団の連中に向け

「近いうちにまた来る。まだ悪いことをしているようなら、今度は全員殺す」

と俺は言い放ち、馬に乗ったミーシャと城に向けて山を駆け降り始めた。

「またここに来るの?」

と馬上から不思議そうに訊くミーシャに

「脅しで言ってみただけ。殺す気なんてないし、必要なければ2度とこないって」

俺は笑いながら答えた。


平坦で緩やかな道の続く、山の反対側を素早く降りた

俺とミーシャは広い平原の先で、何本も黒煙をあげている大きな城へと走っていく。

次第に近づいていくと状況が分かってくる。

どうやらネーグライク城は、他国の軍隊から攻められているようだ。

横に長い高い城壁を持つその城に、

真っ赤な鎧を着た数千人規模の人間の軍隊が張り付き

そしてどうやら城側の形勢はかなり不利なようで

城壁に梯子をかけた大量の兵士から昇っていかれ、

城門前に巨大な丸太を打ち付けられている。


「どうするミーシャ?」

「女王様、優しかったから……助けたいけど、さすがにもう無理だよね……」

俺はしょげているミーシャの声を聞きながら

攻城兵の後ろにいる将官を探す、漫画部……いや、我が文芸部で読んだ某歴史漫画によれば

こういうときは偉いやつはかなり後ろの安全な場所で指示をしているはずだ。

居た、馬に乗り、派手な金色の兜を被り、光る鎧を着た長身の男が腕組みをしている。

「ミーシャ、安全そうな岩陰を探して、ライオネルと隠れていてくれ」

そう告げた俺は槍を握り締め、数百メートル先のその男へと小走りに近づいていく。

どうやら城攻めは終わりかけているらしく、周囲に兵はおらず

誰もその将官に近づいていく俺に気付かない。

俺は近づきながら頭を働かす、

さっきの盗賊のように槍の柄で叩いても、あの強そうな鎧には効かないだろう。

ならば相手が死ぬかもしれないが、

師匠から習ったあの気を飛ばす剣術をできるかはわからないが

この槍に応用してみるか。


俺は十分に相手に近づいたところで歩みを緩め、

呼吸を整え、殺気を消した。そして足音を消して近づいていく。

その優男の将官が十五メートル後ろに立つ俺に気付いた時は

すでに遅かった。

高速で突きを繰り出す俺の手元の槍の先端から

次々銃撃のような衝撃波が彼を襲い、

黄金の鎧兜は見事に砕け散り、血だらけの長身の男は馬から転げ落ちた。

「よし、次は……」

俺の読んでいた漫画によると、将官を倒された兵士の取る行動は2パターンらしい、逃げるか逆襲するかだ。

ならば。

俺はまだ息のある血だらけの男の身体を背負うと、

城壁に群がっている兵士たちの近くへと歩いていく。


「お前らの大将は!!この城最強の戦士である俺が殺した!!!」


ドスンと音を立てて俺の足元に男の身体を投げる。

血だらけだが、実際はまだ死んではいない。

城門を破壊しようとしていた兵士たちや、城壁に取り付いた兵士たちまで

全員が一瞬時が止まったかのように俺を見つめる。

俺が思ったより遥かに、声がよく周囲に響く。声帯も強化されているのかもしれない。

「俺の配下の二万の増援兵がここに迫っている!!」

「今なら、この者の命だけでよいが……!!」

その言葉の途中で、数千人の赤鎧の兵士たち全員が、

城攻めを放棄し、一斉に地鳴りをあげながら、逃げ始めた。

よし、逃走パターンだこれは。逆襲パターンじゃなくてよかった。

逃げるドサクサに紛れて、俺に切りかかってくるやつも数人居たが

よけてから、身体を思いっきり強く槍の柄で叩くと、吹っ飛ばされていき

何度かその光景が繰り返されると、誰も俺と足元に横たわる将官に近寄る者は居なくなった。


そうして、すっかり兵士たちが逃げさると、

城門がゆっくりと開かれていく。

白い口髭の老いた使い込まれた鎧を着た兵士が1人で俺の前に出てくると土下座をした。

「あなた様こそ、真の救世主。我らは待ち望んでおりました……」

兵士や民間人が詰め掛けた城壁の上からは大きな歓声が聞こえる。

頭をかいた俺は、足元の血だらけの男を指差して、

「殺さないであげてください」

と頼んで、ミーシャを呼びにいこうとすると必死に呼び止められる。

「どこへ行くのですか!!救世主様!?」

「いや、連れがいるんで、呼んで来ます。ちょっと待っていてください」

後ろでは老兵士が再び、深々と頭を下げた。


岩陰からライオネルに乗って走ってくるミーシャが

「兄さん!!どうしたの!?兵士たち、みんないなくなったよ!!」

と驚きを口にする。

「適当にやったら、よくわからんけど何か上手くいった」

「すごいねぇ……」

俺とライオネルに乗ったミーシャは、大量の歓声をあげる民間人や兵士たちが

溢れるように出てきたネーグライク城門の方へと

ゆっくりと歩いていった。

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