浮かぶ月とアルコール

空っぽの無能

ふと夜更けに

 ふと夜更けに目が覚めた。アルコールを入れるとすぐ眠れるが、変な時間に目を覚ましてしまう。今のように。


 春、今の時期を楽しむもの喜ぶものは多いことだろうが、将来の見通しが全く立たないぼくからしてみれば酷く苦しく不安の煽られる時期でしかない。新しい生活への不安感、緊張や期待で胸がいっぱいなんて、そんな風に思える時期はとうの昔に過ぎてしまった。明日も朝早いと布団に潜るも眠れず結局格安のアルコールを身体に流し込む。明日の目覚めはこれで最悪になることが決まったが、一時的に不安も和らぐこの習慣はなかなか抜けない。


 普段ならこのままもう一度布団に入るのだが、今日はどうしてか外の景色が見たくなった。閉め忘れたカーテンから覗く月夜の微かな明かりが目に留まったからだろうか。ろくに掃除もできていない埃を被った薄汚れた窓を開ける。ヒューっと冷たい風が肌を刺す。アルコールで少し火照った肌には心地いい。空を見上げると、地元の田舎とは比べ物にならない曇った空が月を陰らせている。だがどうしてかその月がとても眩しく見えた。


 普段は面倒で安酒をラッパ飲みするのだが、ろくに使わないグラスをすすいでそこに注ぐくらいのことはしようかと思った。

グラスを片手にベランダに出る。陰った月を見る。安酒を口に含む。美味いとは頑張っても言えない舌が痺れてろくな味ではないのだが、いつもよりどうしてか美味いと思った。


 寝るときに顔の横に置いたはずのスマートフォンを取りに部屋に戻る。不安で手が付かなくて一人暮らしの狭い部屋は物が散らかり足の踏み場もない。ため息を吐き、スマートフォンとグラスを持ってもう一度ベランダに出る。スマートフォンには彼女と繋がった電話の画面が表示されている。マイクはミュート。個人的な不安を話すことを躊躇い、最近はまともに話せていない。そもそも遠距離なのだ、そんなことを相談してもいいのだろうかと、そんな悩みもまたぼくを酒へと導く。全くもって楽しくない眠るための飲酒に。それでも今日は今日の飲酒はいつもより遥かにましだ。


 ぼくの楽しめない日常を果てのない不安感から救ってくれるのは、案外こうした真夜中の月とアルコールであったりするのだ。

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浮かぶ月とアルコール 空っぽの無能 @honedachi

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