DKアイドルプロデュース

ミケ ユーリ

第1話 だから、僕は真なるヘタレである

 やって来た電車のドアが開き、一歩踏み入れた瞬間から大きな笑い声が聞こえた。


 一ノ瀬いちのせ太路たろが無意識に声のした方へと目をやると、若い男が優先座席に靴の裏をつけて座り、スマホで通話しながらタバコを吸っている。


 酔っ払いか。


 太路はすぐに目をそらして、走り出した車窓から流れる景色を眺めた。


 高校生の登校時間帯に泥酔して電車内で大声で猥談をするような人間はいないものとする。


 僕はあんなヤツに構ってる場合じゃない。

 夜にはせいが帰って来る。今日こそ言うと、僕は決めている。どう伝えたものか、シュミレーションを重ねておかねば。


「おい、一ノ瀬」


 名前を呼ばれたから振り向くと、太路と同じクラスのヤンキー、加藤かとうくんと大石おおいしくんが脅しをかけるような顔を作っていた。


「お前、あの男に注意して来い。コイツ、喘息持ちなんだよ」


 加藤くんが大石くんを親指で示す。


「どうして僕が?」

「俺はコイツの病状が悪化しねえか見ててやんないとならねえんだよ」


 やれやれ。

 詭弁だな。


 太路は呆れて内心ため息をついた。


 が、もう二度と会うこともない男だ。注意するか。


 高校生活が始まってたった2か月でヤンキーに目を付けられるのはご免こうむりたい。


 僕は真なるヘタレである。ヤンキーに逆らうことなどできはしないのだ。


「すみません。タバコ消してもらえますか。喘息の人がいるんです」


 男が顔を上げた。


「コレのせいで喘息が悪化するとでも言うのか」


 男は太路にタバコを見せつけながら思いのほかハッキリとしゃべったが、目はうつろでやはり正常な状態には見えない。


「だそうです」


 太路が加藤くんと大石くんを指差すと、加藤くんは怒りの表情をあらわにし大石くんはクルリと背を向けた。


 次の瞬間、太路の腹に固い拳が食い込んだ。


「ぐっ」


 初めて体験する痛みに、太路の体が二つ折りになる。


 キャーッと周りの乗客が悲鳴を上げた。


 頭と腹を守らなくては。

 今の一発ですでにさっき食べた卵かけごはんが出てきそうだ。


 生物としての危機を察知した太路はとっさに体を丸め、スクールバッグで頭を覆った。


 男が丸見えの太路の背中にかかとを下す。


 激しい痛みに耐えられず、太路の体が転がると男は腹に蹴りを入れた。


「やめろぉ! 一ノ瀬! 大丈夫か!」


 太路の耳に加藤くんの必死の呼びかけが届くも、意識が薄れていく。


 太路は人間の体の仕組みに感謝した。


 人間はあまりに強い痛みを感じると脳血流が低下して意識がなくなるのだ。この痛みを感じ続けるのは地獄である。


「一ノ瀬! しっかりしろ!」


 加藤くんの声はするが大石くんの声はまるで聞こえない。

 大石くんが喘息だから僕はこんな目に遭ったというのに。


 釈然としないまま、太路の意識は順調になくなった。

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