作戦変更
通信に出られないということは、耳を触れないということ。
耳を触れないということは、
その把握のために、この魔術には『耳を触る』という条件が組み込まれているのだ。
アークは街を疾走する。その間に今後の展開を考える。思ったより爆弾設置の時間が早かった――B班に対処してからでも、十分間に合うと思っていた。理由は、B班の役割。一番楽で単純だが重要な班で、そこが崩せれば計画頓挫も有り得る。しかしこんなに早く動き出したということは――ビル内の人間を、拘束する手段がある。それにグレーテも囚われている可能性が高い。
アークは元いた場所から、シュテルンビルまでの道のりの真ん中程で一度立ち止まり――
“おお――お前から、通信してくるとはな。いつ振りだ?”
相手の男はのんびりと言う。
“御託は結構。近くにいますね”
アークは話を進める。
“ツヴァイマールのコンサート会場にて爆破攻撃が行われるそうです。阻止を頼みます”
相手の男は、ふうんと笑う。
“それは、こっちに都合がいい。頼まれてやるよ”
その言葉を聞いてアークはすぐに通信を終えた。そして再び走り出す。
☨
カミヤはじっと会場を見つめる。『猫憑き』の症状で、視力が急激に落ちた彼女は、コンタクトレンズを装着していた。猫の視力は、人間の平均と比べかなり弱い。その代わりに動体視力に優れていて、彼女も人の流れを一人ずつ正確に把握できている。とはいえコンサート前の会場、次々と人=情報が増えていく。外部からの犯行にはなろうが、内部で何かがないとも限らない。
それにしても人が多い。流石、国内人気トップのバンドの一つである。こんなに人が多いなら、今すぐ爆破を企てても、かなりの騒ぎが起きるだろう。
そうなると、コンサートは中止か、とカミヤは少し寂しく思う。
会場には行けないが、曲は全て買っているしコンサートの収録動画が配信されればそれもチェックする。今回の平日連続ライブも、前々から後日有料配信されると告知されていた。それをここ数か月の希望としていたのだが――それで、カミヤは独り、溜息を――
「――?」
彼女は自分の思考に、何か引っかかりを感じる。それが何なのか――まだ、解っていない。
監視に戻るカミヤ。人の量。ツヴァイマール。爆弾。一体どうやって――
「――ッ!」
彼女は右耳を触る。アークと通信が繋がった。
“アークさん……相手方の
通信の向こうで、アークは息を飲む。
まだ開始一時間以上前と言うのに、この人の量。予想より早く動き出した爆破犯。それに捕まったかも知れないグレーテ。
――アークが録音した、室内の音声。音が小さくて、カミヤの聴覚に頼り聴き取った言葉。途中で興奮し、聴くのを止めてしまったのがよくなかった。
カミヤは――建物から飛び出し、可能な限り早く、C班を見つけるため走る。
☨
グレーテは暗闇の中で目を覚ます。
椅子に座らせられ後ろ手で拘束されている。首が痛い。目隠しはされていないが光源がないため何も見えない。口も特に覆われていないため、グレーテは声を出してみる。
「あっ」
『あっ』
声が反響した。どうやらかなり狭い空間のようだ。彼女は立ち上がろうとするが、手の拘束が、椅子に固定されているため、叶わない。
と、壁が少し開き、光が差し込む。そこから男が顔を覗かせた。
トラックから降りてきた五人とは違う。グレーテはそこで気がついた。
その男が、六人目であり。
ここは、移動手段のトラックの荷台である。
「起きたか」男は荷台に乗り込むと入り口を閉める。再び空間が暗闇に包まれる。しばらくして、電球が一つ灯った。暖かな橙の光。
男の顔がよく見える。中年の男。平均的な顔つきに、平均的な服装。
「ああ、別に何もしねえよ。お前が計画のことを知っているかどうかはどうでもいい。どうせ記憶を消すから」
グレーテは、ぞく、とする。
自然に出てきた、記憶を消すという言葉。そのような技術が、実用化されているのか。
「叫んでも外には聞こえない。逃げようにも動けない。という訳で、大人しくしていてくれ」
男はそう言って寝転ぶ。グレーテは、どうするべきかと思案するが、
「聞かせて下さい」
「あ?」
男は彼女の方に首を向ける。
「なぜ貴方たちは、こんなことをやろうとしているのか。何を叫びたいのか。何から逃げたいのか。――聞かせて下さい」
どうせ、記憶を消すのでしょう、と。
まっすぐな目で。
男は少し考え、「――ああ、話してやるよ」と応じる。
そうして話が始まった。
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