顕示を堅持


 翌日。

 また同じところかと思ったら、違う職場だった。一週間の内、月曜と木曜が清掃。そして今日、火曜は――飲食店のようだった。

 接客業、である。

 貴人の応接なら幾度か経験はあるが、街の普通のレストランとなると、過度に丁寧になるのも違うし、とはいえなおざりにやるのもどうかということで、アークさんを真似しようと考える。

 勤務先は、また『ラウドラ』内ではない。『ラウドラ』では違法薬物やら臓器やら密猟・密漁商品やらいろいろ、いろいろいろいろ出回っていると聞いたことがある。迂闊に歩き回ったり働いたりするのは本当に危険なのだ。迂闊に立ち入ったわたしが偉そうに言えることではないけれど。

 着いたのは、牛肉料理を中心とした店のようだ。外装は新しかったが、扉の前に並んでいる牛の頭蓋骨がグロテスク。なぜか扉の左右に三個ずつ、計六個もある。店主の趣味なのだろうか……個人的にはいいとは思わない。

 アークさんに先導され、裏口から店内へ。

「おう、グレーテちゃん。ちゃん」

「…………」

 厨房にはなぜかブロックさんとカミヤさんがいた。昨日とは違う場所なのに。ブロックさんは、長袖シャツにジーンズというラフな格好。カミヤさんはワンピースの上に黒い上着を羽織っていて、勿論フードを被っている。

「おはようございます、店長」アークさんが、部屋にいた三人目に声を掛けた――というかアークさんが声を掛けるまでいると気づかなかった。その男性に、わたしも向き直る。

 椅子に座っているからか、どうも小柄に見える。小顔で目は細く、眉は頼りなげに下がっていて、こういうことを言うのは失礼だろうが、影が薄い。純白のコック服だけが存在を顕示している。最初はコック服が椅子に掛けられてるのかと思った程だ。

「アークくん……その子、接客はできるの……?」

 店長と呼ばれた男性はそう尋ねる。アークさんは答えてくれればいいのにわたしに振る。「どうですか、グレーテル」

「え、え……わ、解りません」

 わたしが正直に答えてしまうと、

「……じゃあ、厨房にはどうだい……?」

 店長は再び尋ね、アークさんは再びわたしに振る。

「あのぉ……わ、解りません」

 調理の知識はあるしいくつか料理を作れはするが、人に出せる完成度クオリティではないし、味つけなど地域によって異なる要素で受け入れられない可能性がある。解らないという他ない。

「んー……まあキミが連れてきたならキミが面倒を見てくれたまえ……契約内容に変更箇所はないね……?」

「はい。ありがとうございます」アークさんは頭を下げる。店長は立ち上がって(立っても小柄だった。カミヤさんと同じくらいだ)表口の方へ行った。

「あの、契約とは……」

 わたしは少し不安になって訊いてみる。わたしに関する、何か重要な取り決めが交わされたというのか。アークさんは、

「ああ、貴女をここで働かせる。但し給料はゼロ、という契約です」昨日のビル清掃も貴女は給料なしです、とつけ加え、「それだけですよ」と笑う。

「――無賃タダ労働ばたらきですか!?」わたしは思わず叫ぶ。

「マジっスか。スか。Mさん」

 ブロックさんが面白がって話に参加する。

 というか無賃労働それって、当初の話と違わないか。働かざる者喰うべからず――だった筈。わたしが金をもらって働くには幼いということか。

「……社会勉強」

 と、カミヤさんが口を開いた。アークさんは頷く。そういうこと、らしい。




     ☨




 わたしとブロックさんが表で、アークさんとカミヤさんが裏で働く。表には他に二人の従業員――どちらも住み込みで修行しているそうだ――がいて、裏には店長とその奥さんがいる。計八人。この大きさの店なら、平均的だろう。お客様がどれだけ来るかは解らないが。

 ブロックさんと他二人は、そのままギャルソン、という服装。わたしは何やらフリルのついたスカートを着せられる。変ではないだろうか。アークさんは似合っていると言っていた。ならよし。

 午前十時。開店。

 ブロックさんが表の標識を“CLOSED”から“OPEN”に変えに行くと、その帰りに二組のお客様を連れてきた。

「「いらっしゃいませ」」

 わたしたちはお辞儀をする。ブロックさんが一方の組を、わたしがもう一つの組を任される。五十くらいの恰幅のいい男性と、二十前半、ブロックさんとアークさんの間くらいの年齢の男性。親子だろうか。わたしは二人を席まで案内する。大丈夫、先程までずっと練習していた。

「本日はご来店ありがとうございます。こちらがメニューです」

 台本マニュアル通りの言葉を言う。不測の事態にだけ気をつければ――

「お嬢ちゃん、小さいのに働いてるのかい。この家の子?」

 不測の事態発生。あまりにも想定外過ぎる質問。時事の話題を振られた時のために昨日と今日の新聞+朝のTⅤニュースには目を通しておいたが(アークさんのうちにはTⅤがなかったためこの店で観た)、空振りだったか。……ええと。取り敢えず否定をすればいいのだろうか。というか早く注文を決めてほしい。

「ヘイ、チェスター。うちの子はまだ三歳だよ。この子は新入りさ」

 と、厨房から、わたしを見かねたのか店長の奥さんが来てわたしの両肩を、ぽん、と後ろから叩く。彼女はアークさんと同じくらい背が高い。店長とはアンバランスだが、様子を見る限り、仲は普通にいいようだ。チェスターと呼ばれた中年男性は、「おお奥様madame。そうかそうか、がははは」となぜか笑い。「じゃあお嬢ちゃん、『今日のおすすめ』を二つ。いいよなナハト?」と連れの若い男性に訊く。男性は黙って頷いた。彼はナハトの名に相応しい、真っ黒な髪をしていた。髪型はアークさんのように整えてはおらず伸ばしっ放しで、その奥の琥珀色の瞳が夜空に浮かぶ月のように印象的だ。

「ヘイ、注文を済ませなさいな、グレーテル」

 奥さんがわたしを人差し指で突く。そうだった。わたしは両手で持っていた機械を開く。画面上に『今日のおすすめ』を発見。これを二つ、と選択すれば、厨房にこの注文が伝わる仕組みとなっている。奥さんは「ヘイ、上出来じゃない。このままがんばってね」ともう一度両肩を叩いて厨房に戻った。わたしは初接待を無事終えた――と思いきや。

「お嬢ちゃん、この辺に住んでるのか? 最近夜ガチャガチャ煩いよなぁ」

 チェスターさんが時事の話題を……ってその程度か。

 折角義姉ねえさまの会社の株の買い時について議論しようと特に気をつけてチェックしていたのに(ちなみに義姉様はこの国では誰もが知っている、そこに内定すれば一家安泰と名高いヴィルヘルム・コーポレーションの開発部長CTOである。ここ一か月低迷しているがそろそろ義姉様が噛ます頃合いだ)。仕方がないので、その話は他のお客様とするとして。

 この辺の騒音――ああ、折り込みが新聞に挟んであった。確か――

「コンサート、ですよね。今週一杯連続でやるっていう」

 わたしが言うと、チェスターさんは、「うん? そうなのかい」と驚いた様子。

 ……広告は、見ない方なのだろうか。それとも新聞を取っていない? いや、有名らしいしTⅤでも情報は得られると思うが。

 ちなみにそのバンド、カミヤさんが大好きファンだと、朝わたしがここで広告を見ていた横で言っていた。カミヤさんとの距離はだいぶ縮まったと思う。フードは深く被ったままだが。だから彼女の髪は、まだ見ることができていない。

 そこで丁度新たなお客様が来店する。「いらっしゃいませ。では、失礼します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る