短編集
睦月ふみか
独りぼっちの女の子
引っ越してきてから毎日足を運んでいる学校付近の公園で、子供たちの笑い声が響きわたった。目の前で元気に遊ぶ同年代の子供たちを見て、羨ましく思う。私は、あの輪に入る勇気がないから声をかけてくれるのを待つことしかできないのだ。一度だけ勇気を振り絞って声をかけてみたけれど、「一緒に遊ぼ」の一言が言えずに私はそのまま走り去ってしまった。どうして私はこんなに憶病なのだろう。たった一言、言うだけなのに何でできないのかな。自分で自分が嫌になる。
「こんなところに一人で、何してるの? 誰かと遊ばないの?」
虚空を見つめていると、突然見知らぬ女の子から声をかけられた。おかっぱ頭に白いシャツを着て赤い吊りスカートが特徴的な女の子だった。私と同じくらいの年だろうか。質問に、どう答えたらいいだろうか。理由を話していやな気持にさせてしまうかも。そうこう考えているうちに、私が答えられないでいるからだろうか。女の子は別の質問を投げかけてくれた。
「私、花子っていうの。あなたのお名前は?」
「ゆ、ゆきな、です」
花子ちゃんと名乗った女の子は、私が座っていたブランコの隣に腰かけるとにこにこと笑いかけてくる。名前を聞くだけで、ほかに何かを聞いてくることはなかった。それでも何か話さなくてはと思い何か話題を考える。だけど、はじめてお話しする子と何を話せばいいのだろう。花子ちゃんはここら辺に住んでいる子だろうか。毎日ここにきているけれど、一度も見かけたことがない。もしかして、私と同じで最近引っ越してきたのかな。もし、そうなら私とお友達になってくれるかも!
「は、花子ちゃんは、こ、ここら辺に住んでるの?」
「そうね、ここの近くに住んでるわ。あんまり外には出てこないから土地勘はないけど」
そう言って花子ちゃんは歯を見せて、にししと笑った。明るい子なんだな、そう思った。私とは正反対な花子ちゃんが、それだけでとても眩しく感じられた。私にもその明るさがあれば、自分から声をかけられるのに。小さい時からそうだった。今も小さいけど。誰かが転んだ時、手を差し出してあげたかったのに私はそれが出来ずにただ茫然と見つめるだけだった。誰かが泣いているとき、「大丈夫? どうしたの?」って声をかけたかった。仲のいい子が、私が知らない友達と遊んでいるとき「私も入れて!」って言って一緒に遊びたかった。他の子からしたら、当たり前にできることが私にはなぜかできなかった。私も、花子ちゃんみたいに一人でいる子にも声をかけられるようになりたい。
「私ね、最近ここに引っ越してきたの。だから私、まだ友達が出来なくて毎日公園に来てるんだ。そうすれば、誰かが声をかけてくれるかもって思ったの」
気が付けばこんなことを口にしていた。お父さんにもお母さんにも話したことがない、毎日公園に来る理由。こんなこと話したら困らせちゃうかも。恐る恐る花子ちゃんを見やると、目が合った。早く続きを言え。そう急かされている気がして、私は話すつもりもなかった話の続きを言うために口を開いた。その時、足に何かがチョンと当たった気がして、目を向けるとボールが転がっていた。遊んでいた子たちの物だろうと思い拾い上げると、花子ちゃんが急に立ち上がり私の手からボールを奪い去っていった。そのまま、花子ちゃんはボールの持ち主たちの所へ駆けていった。
置いてけぼりになった私は、ボールを持っていた手を静かにおろす。きっと私の話がつまらなかったのだろう。だから、他の子たちと遊ぶために転がってきたボールを持って行っちゃったんだ。今日はもう、帰ろう。ここに来るのもやめてしまおうか。心の中にどろどろと重たい感情がのしかかり、私は公園の外へと歩き出した。花子ちゃんたちの横を通り過ぎようとしたとき、誰かに手首を掴まれた。
「ちょっと、どこ行こうとしてるのよ! みんなと遊びたいんでしょ!」
私の手を掴んだのは、紛れもない花子ちゃんだった。大人びた口調で焦った顔をしながら私に問いかけてくる姿は、お母さんにどこか似ている気がした。花子ちゃんは私の手を掴んだまま、ボールの持ち主たちの中へと入っていく。
「この子はゆきな、引っ込み思案な子だからあんまりからかっちゃだめよ」
「ゆきなちゃんね。私はほのか」
「俺はまこと!」
花子ちゃんが私の紹介をすると、みんなが次々に自己紹介を始めた。女の子が三人、男の子が四人。私と花子さんを含めると、皆で計九人が一緒に遊ぶことになった。さっきまで七人はボール鬼をやっていたらしく、続きをやることになった。公園から出ないことをルールに最初の鬼はまこと君から始まって、次々とボールが当てられ鬼が代っていく。私は走るのも、ボールを投げるのも下手だったけどすごく楽しい。胸がポカポカする。久々に誰かと遊ぶ感覚が、今までの不安を打ち消してくれた。皆優しくて、ボールを外したら「どんまい!」なんて声をかけてくれる。
「み、みんな、足速いんだね。ハァ、ハァ」
「そうかな。毎日何かしらの遊びで走ってるからかも」
「ゆきなちゃんも、毎日走って遊べば体力もつくし足もはやくなるかもよ?」
そんなことを話しながら、へとへとになった私をほのかちゃんが支えてくれる。それにお礼を言えば、空が茜色に染まっていることに気が付いた。もうそろそろ帰らなくちゃ。でも、まだこの楽しい時間を終わらせたくない自分がいる。
「みんな、もう暗くなるから早く帰らないと。親が心配するわよ」
花子ちゃんは私の気持ちを知ってか知らずか、そう言った。他のみんなもそれに賛同して、解散していく。私はへとへとでも遊び足りず、少し足を止めた。それを見たまこと君が、笑顔でこう言ってきた。
「ゆきなちゃん、明日も来れる?」
「うん!」
「じゃあ、明日もみんなで待ってるね!」
まこと君に続いて、みんながそう言ってくれた。それが嬉しくて、むず痒くて何度も頷いた。公園を出ると皆がそれぞれの家に向かっていくのを手を振って見送る。花子ちゃんも最後まで一緒にいてくれた。私もいざ帰ろうとして歩き出すと、花子ちゃんも同じ方向に歩きだす。
「今日、楽しかったわね。ゆきなもこっちの方向なの?」
「うん。私の家、学校の隣だから。花子ちゃんは?」
「私もその辺よ」
そう言って、花子ちゃんは私の歩幅に合わせて歩いてくれた。そういえば、みんなの輪に入れてくれたことのお礼、まだ言ってない。一度立ち止まって、花子ちゃんに向き直った。
「は、花子ちゃん! きょ、今日はありがちょう! あっ」
「......なんでそこで噛むのよ」
大事なところで噛んでしまった私は、恥ずかしさのあまり目を背けてしまう。そして、家の近くまでくると走って家の庭に入ってしまった。最後にもう一度、ちゃんとしたお礼を言おうと思い、家の塀から顔を出す。
「花子ちゃん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
最後に楽し気に笑ってくれた花子ちゃんを見送って、私は家の中へと入っていった。
花子はゆきなと別れると、今日のことを思い出しながら学校の中へと足を踏み入れる。たまには外に出てみるものだなと、胸に手を当てて廊下を歩きながら考える。これでもう、あの子は大丈夫だろう。私は、きっと今日のことを忘れないだろう。あの子は忘れてしまうだろうけど、それでいい。花子は寂しさを胸に、目的地である一階の女子トイレの中へと姿を消した。
二十五年前、この学校で亡くなった女の子の幽霊が出現するという噂があった。今はもう、忘れ去られた学校の七不思議のひとつである、トイレの花子さん。彼女はそう呼ばれていた。花子さんを呼び出すと、なんでも一つ願いを叶えてくれるという。その代償に、花子さんは一日自分と遊ばせるらしい。そんな七不思議があったことを、今どれだけの人が覚えているだろうか。
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