オープニングフェイズ

★マスターシーン:貪食なる少女

〇描写

 秋風香る、市内の公園。UGNエージェントは、一人の男を追っていた。


 「しつこい奴らでござる!」


 巨体を揺らし、転がるように走る男は“悪豚”出原次郎ではらじろう。彼と彼を追う集団は公園を抜け駅前へ。ふと、薄い幕を抜けるような、もしくは蜘蛛の巣をひっかけてしまったような不快感が彼らを襲う。しかし、それに気づかないふりをして彼らは鬼ごっこを続ける。その時、出原次郎の第六感が反応する。


 「む、あちらに美少女がいると拙者のセンサーが訴えてござる! 待っていてくだされ、美少女~!」


 UGNのエージェントに追われていることなどそっちのけで、出原が駆けこんだのは、中華店とコンビニの間にある細い路地。巨体で道を塞ぎながらも、今まで以上に鬼気迫る様子で、彼は駆けて行く。何度か角を折れ、店舗と大きなビルが作るT字の路地裏。行き止まりでもあるそこに立つ華奢な人影に向けて、


 「美少女、発見、で、ござる~!」


 出原次郎は飛びかかった。短い悲鳴を上げて組み敷かれる人影。声や体格からして少女のようだった。


 「捕まえたでござるよ。でふふ、これでまたコレクションが…何でござる、このにおい…」


 そこにいた彼らが感じたもの。まず強烈な鉄のにおいが鼻をつく。次に暗闇になれた目が、出原次郎と彼に組み敷かれる小柄な女性。そして周囲に倒れている人影を捉えた。


 「だめ、ですよ? 人の、邪魔をしては…」


 出原次郎に組み敷かれた小柄な少女が、彼を諭す。


 「まぁまぁそういわずに。この薬…特性ドリンクを飲むでござる! そうすればあなたの上からどくでござるよ」


 彼が懐から取り出した小瓶。怪しげな色がガラス管の中で揺れている。そのやり取りをUGNエージェントが黙って見逃すはずもなく、彼の確保に向けて動こうとした、まさにその時。

 金縛りにあったように、全員の体が動かなくなる。それは出原次郎も同じようで混乱した様子。


 「ここは、私の領域。私だけの、世界」


 細い腕一本で、少女は上にかぶさっている巨体をどけ、立ち上がる。出原次郎はそこでようやく少女の顔を認識する。今まで自らの直感が間違っていたことは無い。ゆえに顔の確認など、後で良かったのだが……。


 「え、どストライクでござるが? 神でござるか」


 色白でどこか恍惚とした表情を浮かべる少女。その口元、そして手は濡れていた。


 「私は、人を知りたい、です。人を人にするという、心が知りたい、です」


 誰にともなく話す、少女。月の光だけがわずかに届く、路地裏。


 「心って、なんでしょう? 人の、行動を、決めるもの…なんです。じゃあきっと、心はここにあるはず、です」


 その光があるから見えてしまう惨状。


 「これで、人の心は、私の、もの…。人を、知れる、はずです」


 くちゃくちゃ、はむはむと可愛く響く咀嚼音。その光景に言葉が出ない出原次郎とUGNエージェントたち。金縛りのせいで目をそらすことも、耳をふさぐこともできないまま。ただ、少女の「食事」を眺め続けた。


 その地獄のような時間が終わる。食事を終え、口元を赤く濡らした少女はふらりと立ち上がり、歩き出す。


 「もっと、もっと、知りたい、です。まだ、足りません。『幸せ』って何、ですか? 教えて、ください。人を、心を」

 「あ、待つでござる、協力させてもらいたいでござる! あなたに尽くしたいでござる!」


 能力を使ったのか出原次郎が金縛りを解いて、彼女を追う。いまだ金縛りで動けないUGNエージェントたちを置いて、路地裏から繁華街方面へ。やがて、二人は雑踏に消えていくのだった。

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