第7話 契約成立
ここまでの作業にそれなりの時間を消費しているが彼らだが、これはあくまでも再登録手続きに過ぎない。
指名依頼の手続きはもう少し先の事である。
「ふぃ~。二回目となるとそれなりに早く済む……とは言え、それなりに疲れるな」
「お疲れ様だ」
「少々お待ち下さい」
職員は再びバックヤードへ向かうが、戻って来るまでの時間は先程よりも早い。
「お待たせしました。個別対応させて頂きますので、こちらへどうぞ」
「ありがとう。……コウ殿」
「おう、分かってるよ」
受付時とは別の職員に案内され、二人は会議室へ向かう。
通された先では既に必要な書類が印刷されており、残るはいくつかの記入欄を埋めるのみという状況であった。
「これはやっぱり紙なんだな」
「保管時は電子データへ変換する故、形式的なモノではあるよ」
コウは椅子に座り、目の前にに置かれた契約書を読む。
対するオーラはコウの真正面に座り、その左右にMMOの職員が座る。
依頼は長期契約であり、成功条件は主星スピルリナの防衛および領星の奪還。
失敗条件は主星スピルリナの陥落および王族の全滅で、依頼を途中で破棄する事も可能。
更にはスピルリナから無償での物資支援を受ける事も出来るそうだ。
「……大体分かった」
「何か質問があればいつでも」
コウに有利過ぎる条件だが、それだけスピルリナも必死なのである。
「俺からは特に無い……が、相棒を呼んでも良いか?」
「アイオーン殿であれば問題無い」
「サンキュー」
許可を得たコウはレーヴェに接続してアイオーンを呼び出し、視界データのログを確認させる。
結論はすぐに出された。
『どう思う?』
『特に問題は無いかと』
『そう、か……。こっちに有利過ぎるから、何かあるんじゃないかと思ったが』
『彼女達はそんな事しませんよ。純粋にコウの働きを期待し、その行動を最大限サポートしようとしているのです』
『やっぱ生き残る為には必死、って事か?』
『そんな所です』
オーラは顔色一つ変えず、僅かな声も出さないコウの様子に不安を覚えている。
緊張の時間はしばらく続く。
「……なぁ、何でここ空白なんだ?」
契約書には報酬を指定する場所があり、大抵は依頼者側が何かを書いている。
だが今回は空欄になっている。
「我々から提示出来る物で、コウ殿の望む物が分からなかったから空欄にしてあるんだ。……あえてこの場で聞くが、貴殿は我々に何を望む? 何が貴殿を動かす対価となり得る?」
「欲しい物、か」
食事に関しては基本的な補給物資であり、望めば大抵のモノが支給される。
スピルリナはそうした物資以外の報酬を設定しなければならないのだが、彼が何を必要とするのか分からなかった。
コウは椅子に深く腰を下ろし、顎に手を当てて考え込む。
「我々としてはその、名誉大佐か名誉爵位辺りの地位を受け取って貰えると助かるのだが……」
『貴族か軍人ですか? コウが??』
「ハハッ! そりゃねぇな!!」
アイオーンの声はコウの持つ携帯デバイスを通して届ける事も出来る。
今回はその機能を使ったのだが、届けられた声は半笑いであった。
明らかに適正が無いと言われている当人は、さもありなんと言わんばかりの顔である。
「えっ、今の提案に何かおかしな事があったか!?」
「いや~……折角で悪いけどさ、団体行動とか苦手なんだよね」
コウはアルカディア時代、一度だけ軍隊のようなプレイヤー集団に所属した事があ。
る。
だが厳格なルールと度重なる命令に耐えられず、僅か数時間で脱退してしまった……という経験があったのだ。
「そうだったのか。……だが傭兵でも他人と強力しなければならない時はあるのではないか?」
「それはまぁアレだよ、その場のノリでどうにかしてるんだ」
例え小規模な戦闘であろうと、付近に味方が存在すれば自ずと連携する必要が出てくる。
連携しなければ突出してしまった誰かが倒されてしまうからだ。
アイオーンはそういった雑務を任せる為に作られた……という一面もあるとか無いとか。
『ですがコウは明確な“上官”から“命令”をされた瞬間、敵味方問わず攻撃し暴れます』
「バーサークモード! なんてな」
「それは、凄く困るな……」
スピルリナ国内にはコウを英雄として縛り付けたい者達も少なく無いが、国王はコウ自身の意思に任せる方針を取っている。
既に先の戦闘で大きな戦果を上げたコウに対し、下手な手は打てないと主張する者達も居るからだ。
様々な事情と思惑に挟み込まれたオーラは頭を抱えるしか無い。
「で、アンタ達が出せる報酬は何だ?」
「我々としてはコウ様の望む物を、と思って空欄にしたのですが……」
「特に思い当たらないな。レーヴェはありゃ大抵の事は出来るし、大抵の物は作れる」
『食事に関しても補給だから別……と先に言ってしまいましたし、そちらの札はかなり限られるのでは?』
「うっ……それは、そうだがなぁ……」
二人の言葉を聞いたオーラは、一度上げた顔を再び下ろし考え込む。
リズミカルに額を優しく叩く彼女の指は数度でその動きを止めた。
「……星はどうだろう」
「星?」
「王家が直接管理する資源惑星がいくつかある。そこの一つを報酬とするのはどうだろう」
レーヴェが大抵の物を作り出す能力を持っていたとしても、元となる物質が無ければ意味が無い。
オーラはそう予想し提案した。
「なるほどな。良いんじゃねぇか?」
『私もそれに賛成です』
「よし、ならそれで行こう」
オーラは急いで契約書に追記し、確認を終えたコウが受注の意思を示す。
MMOの職員はそれを見届け受領した。
「契約成立だ。これからしばらくの間、よろしく頼む」
「感謝する。……いや、こちらこそよろしく頼む!」
コウとオーラは手を取り合い、強く握り込む。
その様子をMMOの職員も静かに見守り、星の行く末に大きな転換点が訪れた事を悟った。
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