第5話 非常食の非常な現実






 コウに疑似感覚を切断されたアイオーンは定位置に戻り、通常業務を再開。

 そして彼の言う“お客さん”に連絡をし、食堂へと場所を移した。


「よっ」

「コウ殿! 突然倒れたと聞いたが……身体は大丈夫か?」

「まぁな」


 そこで待っていたのはオーラである。

 食堂付きのプレンティはアイオーンの指示を受け、彼女をもてなす準備を始めた。


「それで、倒れた原因は分かっているのか?」

「まぁアンタの心配は分かるよ。前の戦闘が災いしたんじゃ、って所だろう?」

「あぁ」


 スピルリナに来て初めての戦闘、そこで彼とノイント・エンデは驚異的な機動を見せつけている。

 だがその行動は常人が物の数分で文字通りに潰れてしまう程の物。

 そうした負担が故に、囲んで叩く事がこの世界における戦闘の基本となっている。


「当たらずも遠からずって所だな」

「はぁ……?」


 一方コウの身体はそうした無茶に耐える為、ほぼ全身が機械化されている。

 本来であれば無茶な動きにも耐えられる強度を持ち、一切の心配が無いはずであった。


「まぁアレだよ、腹が減って戦が出来ぬってのを実際にやった感じだ」

「なるほど……?」

「だから小難しい話の前にメシを食べるとしようぜ、腹が減ってんだよ」

「それもそうだな……」

「アオ、食べ物の準備よろしく」

「承知しました。非常食しかありませんが、よろしいですか?」

「おう」


 事態が急を要さないと分かり、オーラはようやく緊張が解けた。

 だがそうなれば周囲の様子が気になるモノである。


 彼女の案内された食堂と呼ばれるその空間は無駄に広く、あまりにも生活感が無い。

 実際に生活していなかったのだからそう感じるのが当たり前ではあるが、そうした情報を知らないオーラが出来るのは疑問を募らせる事だけだ。


 清潔感のある机に座る二人はそれ以上の会話を交わす事も無く、ただ時が過ぎるのを待った。


「間もなくプレンティが到着します」

「お、ようやく来たか」


 二体のプレンティは頭の上へ手を向け、それぞれで非常食のパックを握っている。


「オマタセシマシタ!」

「サンキュー。お疲れ様だ」

「オキャクサンモ、ドウゾー」

「感謝する」

「「デワ~!!」」


 二人にお礼を言われたプレンティは手を振りながら蛇行し、食堂を後にした。

 それを笑顔で眺めるオーラだが、渡された物を見る顔色は芳しくない。


 一方のコウは何の躊躇も無く非常食を開封する。


「いただきまーす」

「苦手なのよね、これ……」


 少し遅れてオーラも封を切り口を付ける。

 その顔色は決して良い物ではないが、多少の覚悟が出来ていたおかげで許容は出来た。


 一方の覚悟をする時間が無かったコウは段々と顔色を悪化させ――


「何だこれ!? クッッッッソマジィナァ!!」

「!?」


 ――最後には机を叩きつた。


 非常食自体を叩き落さなかったのは僅かながら理性が残っていた証拠だろう。

 最初からこうなる事が分かっていたアイオーンの対応は冷たい物である。


「非常食なんですから、不味いのが当たり前です」

「マジかよ……嘘だろ?」

「だから言ったんですよ。まともな食料を生産出来る設備はあった方が良い、と」

「いや~、アルカディアの時は味が分からなかったじゃん? 非常食が一番コスパ良かったし、他の設備優先してたし……」


 非常食は味で劣る代わりに栄養価が高く、保存期間の長いというのが基本である。

 中には味を維持したまま非常食としても機能する物もあるが、レーヴェにそこまでの物を生産出来る設備と機能は無い。


 現状生産出来るのは栄養満点だが味は最小限、という絵に描いたような非常食だけであった。


「あっ、あの……食事を持ってこさせようか?」

「頼むわ!!」


 オーラの指示で軍港に食事が届けられ、入り口でそれを受け取ったプレンティが食堂へ運ぶ。

 届けられた食事の献立は非常に簡素な物であったが、非常食との明らかな差はコウを引きつけた。


「いただきます……ッ!」

「召し上がれ……って、私が言うのもおかしいかな」

「ウマイ……ッ!!」


 オーラは自虐気味に笑うが、その言葉がコウに届く事は無い。

 何故なら彼は先程口にした非常食との落差で思わず涙を流し、必死に口へ運び味わっているからだ。


「ふぅ、マジで美味かった……」

「満足して頂けたようで何よりだ」


 コウは一瞬にして食事を平らげ、食材の生産者と調理者に深く感謝している。

 飲み物片手に空になった食器の前でくつろぐコウはとある決意を固めた。


「よーし、決めた!」

「え?」

「俺ウマイ飯の為に働くわ!!」

「へ……?」


 コウは机を叩きつけ立ち上がり宣言する。

 その様子を目の当たりにしたオーラは呆気に取られ、食堂の入り口から覗き見るプレンティは彼らに金属質な拍手を送った。


「そっ、そうか……」


 突然の事で動揺を隠せないオーラだが、仕事はキッチリと行うらしい。


「であればすぐに傭兵管理機構経由で契約を結び、我々の作戦に加わって頂きたい」

「おうよ!!」





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