天と地とその硲で——

であであ

001. 空割れ、天使舞う

「今日も、綺麗な空だな……」


 学校の屋上――昼休みと放課後だけ解放されるその空間に一人、あおむけに寝転がりながら雲一つない晴天を眺める。


「こんな空、なくなっちまえばいいのに……」


 空に突き上げた拳から力が抜け、それが自分の顔に振ってくる。青年・天道地景てんどうちかげはほぼ毎日のようにこの屋上に来ては寝転がり、こうして一人呟きながら拳を空に掲げる。しかし、何かが変わるわけもなく、少数だが仲の良い友人と送る高校生活、家に帰れば家族がいて夕飯が用意されている、退屈で平和すぎる日常に浸りきっていた。


「やっべ、午後の授業始まる」


 午後の授業の予鈴が聞こえ、横たえていた身体を素早く起こす。毎日来る場所、毎日見る景色、だけど不思議と嫌いじゃない学校の屋上――そこから、地景はいくつもの階段を素早く駆け下りて自分の教室へと向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇


「地景ー、帰ろうぜー」


「おう」


「ちょっと本屋寄っていいー?赤本買いたくてさー」


 一日の授業が終わり、下校時間。中学から続けてきた陸上をやめ、帰宅部生活を送っていた地景は、いつもの友人二人と帰路についていた。


「赤本ってお前……、俺たちまだ二年生だぞー?早いだろー」


二年生だよ。それに、勉強を始めるのに早いなんてことはないんだから」


「相変わらず真面目だなー。な、地景」


「え?あ、あぁ……」


 二人のいつものやりとりを適当に聞き流していた地景がおぼつかない反応を示す。だが、その問いかけがトリガーとなりあることに気づく。


「あ、やっべ。学校に財布忘れたわ」


「おいおい、いつもの屋上か?」


「ちょっと行ってくる。先帰っててー!」


 振り返り手を振りながら、小走りで再び高校へと向かっていく地景。こんなやりとりでさえも、彼らとなら日常茶飯事で、手を振りかえす二人を少し視界に収めた後、地景は前を向いて一直線に高校へと走っていったのだった。


 ◇ ◇ ◇


「あったあった」


 放課後の屋上――その中央に放置された自分の財布を手に取ってはたく地景。滅多に人の立ち入らない屋上は、地景が昼休みに訪れた時の状態と変わらないもので、目的のものが見つかり一先ず安堵する。


「はぁ〜。今から走っても、あいつらには追いつけないな」


 深くため息をつき、空を見上げる。夕焼けで薄らとオレンジ味がかった――でもまだ青く晴れ渡る空が、思わずその場に寝転んだ地景を照らす。脳裏に二人の友人の姿を思い描き、ゆっくりと目を瞑る。


「天馬……」


 思わず口から出たその名前。先程の友人とは別に、地景には古くからの友人が――幼馴染が一人いた。登下校も一緒で、放課後には毎日のように二人で遊んでいた。しかし、今から六年前――地景が小学五年生の時、地白天馬ちじろてんまは忽然と姿を消した。どうしていなくなったのか、どこに行ってしまったのか何も分からない。手掛かりが一切ない故に、どれだけ探し回っても見つからず、結局今に至る。


「何してるんだろうな〜、あいつ」


 もはや、自分にできることなど何もない。心では気にかけていながらも、実際には行動にうつさない自分に嫌気がさし溜め息を吐く。そして、いずれ天馬のことなど考えなくなる、その繰り返しだ。

 部活動を行なう生徒たちの掛け声に耳を傾けながら、ゆっくりと深呼吸し体を地面に預ける。そして、このつまらない日常が変わることを願って、空に拳を掲げいつの間にか口癖になってしまっていたこの言葉を口にする。


「何か、おもしれえ事起きねぇかな〜」


 刹那、ガラスが大きく砕け散る音が地景の鼓膜に響いた。驚いて目を開けると、自分の拳の先の空、その一部がまるでガラスが粉々になるように砕けていた。


「な、何だよ……、あれ……」


 不自然なその光景に目を奪われ、疑問を口にする地景。そして、その不自然な空の割れ目から、何かが次々と出てくる。それらは人間の形こそしているが、真っ白なローブを身に纏い、背中から生えた純白の翼で宙を舞っていた。その姿はまさに――


「天使……!」


 空の割れ目から無数の天使が飛来する――奇妙でありながらもどこか神々しいその光景に地景は思わず心を奪われていた。


「あ……」


 だが、それ故に地景は反応に遅れ、逃げ遅れた。白銀の弓矢は地景に向けて放たれたにも関わらず、彼はただ呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ないのだった。

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