第3話

「呆れたもんだな」

 篠原は俺たちの報告にうなり声を上げた。

 高性能なカーナビのお蔭か、今日一日ですべての聞き込みを終えることができた。その結果は、散々なものであったけれど。

「ランニングに観光に買い物、警察の駐車場をなんだと思ってるんだ?」

 篠原のぼやきに、思わず「ほんとですね」と答えそうになるのをなんとかこらえる。黙っている俺と田村を篠原は交互ににらみつけ、見せつけるように大きなため息をついた。

「望月、どうなっとるんだ今の日本は」

「俺に聞かないでください。厳重注意はしてきました」

「当たり前だ。にしても、ランニングをするために車を警察の駐車場に止めるってのはどうなんだ。あほか。家から走ってこいっつーの」

 捜査の進展がないからか、ご機嫌ななめの篠原。火の粉がこっちに飛んでくる前に俺たちは自分たちの班へ向かった。背後から篠原の怒声どせいが聞こえてきた。どうやら、火の粉は次の報告者に飛んだようだ。

「お疲れさん」

 俺たちに気づいた五十嵐が片手をちょいと上げた。

「早いな。どうだった?」

 俺は五十嵐の隣の椅子に手をかけ、腰を下ろす。

「散々。心臓に毛の生えた日本人ばっかだ」

 苦笑する五十嵐に「言えてる」と俺は肩をすくめて見せた。五十嵐の隣に座る中本は俺たちには目もくれず、黙々と報告書を書いている。まだ壁は厚いようだ。

「しかも場所が場所だからか、みんな変な先入観があるんだよな」

 複雑な顔をしながら五十嵐が言った。俺は今日聞き込みをした何人かの顔が浮かんだ。彼らは、警察署なんだから少し変な人がいても気にならないと言っていた。そういう人が来る場所だから、と。それを聞いた俺は閉口へいこうした。

「先入観というより、偏見だな」

 呟く俺に、「まぁ、普通の人にとっちゃ、警察署なんてそうそう来る場所じゃないしな。気持ちは解らなくはないさ」と五十嵐は頬杖をつく。

「そういや、友達の付添で警察署に行ったとき、何にも悪いことしていないのになんか緊張したっけ。俺はただの付添ですよって警察署出るまで顔でアピールしてた気がする。……なんだよ、俺も偏見持ってんじゃん」

「そんなもんだろ。『悪いことしたら警察署に連れて行くぞ』ってのが俺のオヤジの口癖」と五十嵐

「うちも言われたな。うちの場合は母親だったけど」

 俺と五十嵐は顔を見合わせ、苦笑くしょうした。今や、俺たちはその警察署で働く警察官なのだ。

「まぁ、警察だから安心だと言いながらそこに来る人間は普通じゃないって言ってる彼らも、俺にとっちゃ十分普通じゃないけどな。心臓に生えてる毛は剛毛だぞ、ありゃ」

「ほんとだな、みんな長生きする」

 俺はフハッと顔をほころばせた。

「そんなんばっか長生きしてもな」

「大丈夫さ、もともと日本人は長寿なんだから。彼らはそれ以上生きるってだけさ」

 俺と五十嵐は顔を見合わせ、今度はにんまりと笑い合った。くだらない話で今日のさを晴らす。

「まぁ、まだ安心だと思われているだけましか」

 俺は頬杖をつき、長いため息をついた。

「早いとこ爆弾魔捕まえないと、まずいわな」

 五十嵐はうなずき、「ま、俺たちの班は全く収穫なかったから偉そうに言えないけどさ」

「言えてる」

 俺は肘をついたまま、篠原たちデスクの方に視線を向ける。不機嫌そうな篠原。藤堂や陣内の表情も硬いままだ。

「あの様子だと収穫がなかったのは俺たちだけじゃないみたいだけどな」

「大変だよな、デスクも」

 まるで他人事のように五十嵐が言った。冷めた口調。俺は所轄と本部の溝を垣間見た気がした。

「女みたいにぺちゃくちゃとうるせぇ」

 延々続く俺たちの無駄話にごうを煮やしたのか、中本が眉間みけんに深い皺をつくりながら俺たちを睨んだ。

「へい、へい。すんませんね、うるさくて」

 五十嵐は大げさに肩をすくめて見せた。

「大変なのは、明日の俺たちだ。他人事みたいに言ってんな、ボケカス」

 中本が吐き捨てるように言った。

「そこはカスじゃなくてナスだろ。カスはやめろ、カスは。傷つくから」

「案外ナイーブなんだ」

 噴き出す俺に「結構心臓小さいのよ、俺」と五十嵐が言った。

「だから、うっせぇ」

 再び中本に怒られる俺たち。そして悪びれもせず舌を出す五十嵐。陽気な太宰よ、お前の心臓はノミほどの大きさかもしれんが、立派な毛が生えているよ。

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