序章―第2話 転移と出会い
あれからどれくらいの時間、眠っていたのだろうか……。
風に揺さぶられた木々が鳴らす葉音に気がついた俺はゆっくりと目を開ける。
――ここは森の中なのか?
辺りを見回すために首を動かそうとするとピリッとした痛みが走り抜けていった。
寝ている間、体勢をほとんど変えなかったのか筋肉が凝り固まってしまったように感じる。ただ手探りで確認するに俺はどうやら草の上に寝かせられていたようだ。
なんでこんな大自然の中に放り出されているんだ……?
記憶が確かであれば、意識を失う前まで俺は都会のど真ん中にあるマンションの自室にいたはずなんだけど。
とにかくなんとか起き上がって現在の状況を確認しようとしたその時。
不意にひとりの可愛らしい少女が俺の視界の中にひょっこりと顔をのぞかせてきたのだった。
「あ、よかったぁ。気がついたのね」
もしかして……この子が俺を助けてくれたのかな?
そんなことを考えながら俺はぼーっと彼女を見上げていた。しかし、その“見覚えのある顔”を認識した刹那、ぼんやりとしていた俺の意識は一瞬にして覚醒した。
そして思わず飛び起きると俺は何度も瞬きをして、隣りに座っている少女の姿を凝視のだった。
鮮やかでくりっとした紅の瞳に、陽の光を反射して輝いている白くて長い髪。
可憐な美しさが凝縮されたいるような柔らかげで整った顔立ちの少女は、飛び起きた俺を驚いた様子で見据えている。
ただ少女と言っても普通の少女ではないのは耳を見れば明らかだった。
なにせ彼女の耳は顔の横にはついておらず、頭の上についているからな。白くふわふわとした毛に覆われている三角形の耳、それは彼女が俗に言う獣人であるという証拠。
そして俺は、いかにもファンタジーの世界で生まれましたと姿形で物語っているこの少女をことを知っている。
なぜならこの少女は――AMOでの俺の
男の俺が少女のキャラクターで遊んでいるのはおかしいと思うかもしれないが、それは俺が若干ネカマ気質だっただけのこと。
AMOを始める際に、自由自在に
「あなた、大丈夫? なにか、悪い夢でも見てた?」
「あ、いやっ。ごめんなさい、大丈夫です!」
予想外すぎる展開に頭の整理が追いつかず、俺は思わずその少女の言葉に焦りを見せてしまう。
いや、もしかしたら物凄く姿が似ているだけかもしれない。まるで双子のような別人かもしれない。
「きゅ、きゅ、急に失礼かもしれませんが、あなたのお名前は?」
「私? 私はクリッサ……白狼族のクリッサよ」
名前まで完全に一致していますね、本当にありがとうございました。
AMOではアカウントのユーザーネームとは別に自分の
つまり今、俺の目の前にはなぜか意思を持った俺の
いや、一旦冷静になろうか。
普通に考えてこの状況はおかしい。そうだ、これはAMOのサービス終了にショックを受けた俺が見せている夢に違いない。
自分の顔が極度に引きつっているのを感じつつ、俺は自分の頬を思いっきりつねったのだ。
……ただただ痛いだけでした。
「あなた……本当に、大丈夫?」
俺の奇行の一部始終を見ていたクリッサはいたたまれなくなったのか、すごく心配そうな表情で尋ねてきた。
絶対に変な人に思われているよ……俺。でもこんな、訳の分からないシチュエーションでどう冷静に振る舞えと?
ひとまず、ここが夢の世界ではないと仮定して話を進めようか。
俺は目を閉じて深呼吸をすると、頭をフル回転させ、その場でひとつのシナリオを作り上げた。
「……驚かせてしまってすまない。その、頭を強くぶつけたのか記憶が定かじゃなくて」
「定かじゃないって、もしかして思い出せないの?」
「うん。記憶喪失ってやつかもしれない」
傍から見たら超胡散臭いけど、この設定ならばまだ説明がつくだろう。
「記憶喪失!? ……そう、最近になってそういう事故が増えているとは聞いてたけど、本当だったのね」
あ、あれ? もしかして思ったよりすんなりと騙せちゃった感じ?
とりあえず、それで納得してくれるなら都合がいい。このまま記憶喪失者路線で話を合わせていこう。
「な、なにか知っているのか?」
「ううん、噂程度にしか。それよりもどこか痛いところはない?」
「痛いところは、特になさそうだ」
「オッケー。それで自分に関することでなにか思い出せる? ほんの些細なことでも構わないわよ」
「……俺の名前が
人を騙したことはあまりないのだが……こうも後ろめたくなるものなんだな。
だがここで正直に話したら、俺も彼女も混乱してしまうだろう。それだけはなんとしても避けたいのだ。
「カズヤ、ね。分かったわ。ひとまず、あなたのことを知っている人がいないか街で聞き込みしたほうが良さそうね」
「クリッサさん……だったかな」
「クリッサって呼んでくれていいわよ」
「じゃあクリッサ。その、俺はこの辺りに倒れていたのか?」
「……そうね、森の中で仰向けになって倒れていたわ。放っておくのはかなり危険だったから、森の外まで運んできて起きるまで様子を見ていたって感じよ」
となると……俺はなにかしらの干渉を受けて自室から森の中へと飛ばされ、偶々通りかかった
森が危険かどうかはさておき、命の恩人じゃねぇかよ。
「そうか、助けれくれてありがとうな」
「れ……礼には及ばないわ。冒険者として、一人の騎士として当然のことをしたまでよ」
柔らかな表情を一切変えず、淡々と喋っていたクリッサだったが……ふわふわとしていそうな可愛らしい尻尾がパタパタと振られていた。
表情に出さないだけで、きっと照れているのだろう。
それはそうと……見れば見るほどリアルだな。
目の前にいるのは人工的に作られたポリゴンではなく、質感から細かな仕草まで
「そうだ……カズヤはステータスの出し方、覚えてる?」
「へ……?」
「……その様子だと、忘れちゃっていそうね。今からする私の動作をちょっと真似してみて」
そう言うとクリッサは右手を前に出すと、まるで空中にあるなにかをスライドさせるように右へと動かしたのだった。
そして俺はそれがなにを意味しているか……一瞬で理解できてしまった。
だってその動作こそが、AMOで自分のステータスを表示させる合図なのだから。
俺は恐る恐る、コントローラーを持っている自分を想像しながら右手を動かした。
すると目の前には親の顔より見た、AMOのステータス画面が表示されたのだった。
――マジ、かよ。
全職業の熟練度がカンストさせてあるイカれたステータス画面。
名前の欄にはクリッサではなく、カズヤの文字があったがそれ以外は全て、10年かけて俺が精一杯育成してきたステータスそのものだった。
「どう? なんか一杯文字が出てこなかった?」
「ああ……出てきたな」
「それがあなたのステータスよ。名前はカズヤで間違いなさそう?」
「……間違いないな」
「分かったわ。そのステータスっていうのは簡単に言うと、自分の身体能力を分析したデータなの。もしかしたらあなたの記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないから、覚えておいてね」
「ああ、分かった」
ステータスの存在を噛みしめると同時に、俺はひとつの仮説を見出していた。
にわかには信じがたいが、精巧に作られたステータス画面やリアルすぎるクリッサの姿を見るに、あり得ない話ではないだろう。
――俺はAMOの世界に転移してしまったのかもしれない。
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