ドレメの異世界アトリエ
@Heineine
第1話
「はい、出来上がりですよ!」
助手のアンリエットの声が試着室の中から響く。そして小さな衣擦れの音。
美しい貴族令嬢のドレスの背中の紐をキュッと締めあげて、最後の仕上げを行なった合図だ。
円形で象られた深紅の天鵞絨の床。
同じく円形に遮っていた二重の紗のカーテンの奥には、波打つ髪と、細い身体。乙女の曲線を優雅に告げるドレスのシルエット。
腰から下は、花の花弁のように幾重にも重ねたたっぷりの生地が広がっている。
2メルト(2メートル)の高さで遮られたカーテンが、内側から一枚、また一枚と、助手の手でゆっくり開かれていく。
外光から照らし出されていたシルエットの稜線が、ぼやけたものから次第にくっきりとしていく。
全てのカーテンが取り払われた時、目の前に少し得意げな顔で姿を表したのは、100人いれば100人振り返るであろう、波打つ金髪の乙女。
優しい黄色のドレスに身を包んだ美少女だった。
ドレスの端をちょこんと掴んで一回転。蕾が花開くように空気をはらんだドレスがふわりと浮かぶ。最後はバレエの仕草よろしく、少しポーズをつけて。
ーー確か、僕の故郷ではサフラン色というんだったかな。
目の前に咲いた華のような女性の笑顔を受け止めながら、僕はかつていた世界を思い出した。
ーーどうかしら?
言外に響く声。挑戦的な顔。乙女の顔に照れはない。不遜の欠片もない。まだ子供だからこその純粋に相手にぶつけられる笑み。眩しい。
「……まぁまぁですね」
僕が返す言葉はこうだ。内心の感動は表さず、努めて普通の顔で。
「相変わらず失礼な方ね、いい加減、素直に褒めたら如何ですの? 貴方の手掛けるドレスをここまで見事に着こなせる婦人は貴重ですわよ」
「婦人……ですか」
くるぶしまで届くドレスの内側では、おそらく背伸びをしているに違いない。
心なしか上半身を反らせて『淑女ですわよ』アピールをしている姿に僕はーー
「ブフッッ! アハハハッ! 」
思わず吹き出してしまった。
「なっ!?」
乙女の金髪が激しく抗議に揺れて、眉間に皺を寄せた表情で、一足床をドスンと踏みつける…
「ちょ! ちょっと師匠……?」
乙女の斜め一歩後ろで控えていたアンリエットが、少し慌てたような表情で、二人の間に入ろうとする。
「ふふっ! ふぅ……。大丈夫だアンリエット。それより姫様にお茶を用意してくれ」
心配そうな顔はそのまま、助手の女の子は一つ頷くと、アトリエの隅で静かに湧いたままのお湯の元に移動していく。
「姫様、貴方はまだまだ成長なさる。ご満足なさるにはまだ早いのです。そう短気になっては、折角の美しい顔にドレスが泣きます」
僕は自分の額を指さして、眉間に皺を寄せた乙女の表情を嗜めながら。
「それに、姫様のことです。私が手放しに褒めても納得なさらないでしょう。ドレスメーカーさん? 貴方これが限界ではないでしょうね? と先んじて私に喧嘩を売っていたに違いありません……」
「貴方こそ、喧嘩を売った自覚はあるのね? 」
自覚があるだけ尚更タチが悪い。そう不満気に頬を膨らませながら、乙女の瞳とかち合った僕の目を射る。
「僕はこの世界に来て、まだ間もない。まだ断言の出来ないことも多いですから」
そう、この世界と元いた世界では、材料も工程も方法も異なる。
今まで知っていたドレスメーキングの理論とはまた別と考えてもいいぐらいに。
「けれど、姫様には命を救われた恩がある。私には姫様に喜んでもらう術がある。だから色々と『これから』なのですよ」
僕への返答に納得か懐疑か判然とせぬ表情で、姫様はアンリエットが準備しているテーブルにスタスタ歩いていく。
「……ったく、こんな美しいドレスがつくれるのに、なんて野心のないのかしら……」
黄色いドレスの背中で飾り紐が揺れている。華奢な背中だ。
ぶつぶつと恨み言を言う姫様を見守りながら、茶葉の開いた薫りに誘われるように、僕も後を追いかけた。
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ドレメの異世界アトリエ @Heineine
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