第85話 本物のメイド

 翌日の放課後。早速今日からメイド研修がスタートするということで、俺のクラスにはジャージを着た10人の男子生徒と、雪宮、黒月がいた。昨日の今日で招集したのにみんな集まれるなんて、余程暇だったんだろうか。

 いつもはバカ騒ぎをしている連中だが、見慣れない系統の違う美女がいるという事実に、借りて来た猫のように大人しい。

 その中の1人、淳也が2人を見て俺の服を引っ張ってきた。



「は、葉月、葉月ッ。なんで女神様たちがいんだよ、聞いてねーぞ……!?」

「全員生徒会経由だ。今回の研修は春風さんが提案してくれたもので、雪宮と黒月は一緒に接客の研修を受けることになった。ま、仲良くやれよ」

「できるかっ……!?」



 鬼気迫る淳也の勢いに、後ろにいた男子どもは深く頷いた。



「こ、こっちはやっとクラスの女子たちに慣れて来たんだよ」

「毎日見てるからギリギリ耐えられてるのにっ」

「そこに接点もない美女2人が同じ空間にいるなんて……!」

「俺、耐えられねーよ……!」



 最早、借りて来た猫どころじゃない。強大な敵を前にする無力な村人みたいな打ちひしがれ方だった。どんだけ美女に免疫がないんだ、こいつら。

 まあ、俺も雪宮との半同棲や、生徒会で接点が無かったら、同じような反応をしていたんだろうけど。

 男子バカどものいつも通りのオーバーリアクションを見ていると、今度は雪宮に服を引っ張られた。



「ねえ、あなたのクラスっていつもこんなに賑やかなの?」

「ああ。面白い奴らだろ?」

「……ええそうね。面白い人たちね」



 お前、微塵もそんなこと思ってないだろ。目が引いてるぞ。

 その様子を見ていた黒月は、何を思ったのか男子たちに近付いていった。



「こんにちはー、初めまして。黒月陽子って言いまーす。せっかくなら自己紹介して、親睦深めよーよ。ね、君の名前は?」

「ふぇ!? おおおおおおおおおれれれれれれれれれれれれ……!」

「緊張しなくていいよぉ。一緒にがんばろーね」

「じgはぬ@いkじぇはrないおh!」



 うわ、バグった。

 あー……そりゃあ、心の準備もできてないのにいきなり話し掛けられたら、こうなるか。



「あの子、楽しんでるわね」

「だな」



 元コミュ障陰キャとは思えないコミュ力だ。昔は俺の背中に隠れてばっかだったのに、成長したんだなぁ……。

 黒月の成長を喜んでいると、突然教室の扉が開いた。

 先頭を春風さんが歩き、その後ろを見慣れない方々が付いてくる。

 メイド……メイドだ。コスプレとかミニスカとか、そんなものではない。全員クラシカルのワンピースタイプで、歩き方や立ち姿のすべてが洗練されている。

 それなのに、主である春風さんを引き立たせるためか、全員自己主張がない。もっと言ってしまえば、影が薄いようにも見える。

 その数、ざっと3人。本物のメイドを前に、俺たち男子は何もできず硬直していた。



「すみません、八ツ橋様。お待たせしました~」

「あ……い、いや、待ってないから大丈夫だ。それより、春風さんの家ってこんなにメイドがいるんだな」

「そうですか? 今回はパーラーメイドの方しか連れてきていませんが……?」



 パーラーメイド? 何それ?

 聞き馴染みのない言葉に首を傾げていると、隣にいた雪宮が教えてくれた。



「メイドにも種類があるのよ。家中のことをするハウスメイド。台所をメインに仕事をするキッチンメイド。寝室や客室の整備、管理をするチェインバーメイドとかね。パーラーメイドは、主に接客専門のメイドのことよ」

「なんでそんなこと知ってんだよ」

「白峰に所属しているのだから、これくらいの知識は身に着けていて当然でしょう?」



 そうだった。普段のこいつを知ってるから忘れてたけど、こいつもいい所のお嬢様だった。

 けど、それ以上にやばいのは春風さんだ。今の話だと、パーラーメイドが少なくとも3人。ということは、さっきのハウスメイド、キッチンメイド、チェインバーメイドも家にいる可能性がある。

 もしかしてこの人の家、とんでもない金持ちなのでは?



「それでは時間もないですし、4人1組になってくださ〜い。4人につき1人が講師として就きますので〜」



 ……このメンツで3人1組ってなると……。



「まあ、この3人は確定として……淳也、お前こっちな」

「お、俺!?」



 急に呼ばれて、目を白黒させる淳也。他の奴でもいいけど、やっぱ親友がいてくれた方が俺も嬉しいし。

 緊張している淳也が、俺たちのグループにやってくる。



「よろ〜、淳也くん」

「……よろしく」

「よっ……ねが……しゃす……!」



 淳也、緊張しすぎて声が出てねーぞ。

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