第58話 お助け
……怪しい。怪しすぎる。
あのアルバムを見てから、雪宮が少しよそよそしい気がする。
気がする……だけかもしれないけど。
ノートから顔を上げて雪宮を見る。
と、慌てたようにノートへ視線を落とした。
……本当に怪しい。いったいどうしたんだろうか。
「雪宮、大丈夫か?」
「なんのことかしら」
「俺のこと見てたろ」
「なんのことかしら」
「いや、とぼけても無駄だぞ」
「なんのことかしら」
「…………」
「なんのことかしら」
「なんのことかしらbotやめろ」
そんなに聞かれたくないなら、これ以上は聞かないけどさ。
諦めて目の前の勉強に集中する。
そのまま勉強を続けること十数分。
不意に、俺のスマホに着信が入った。
もう夜も遅いのに誰だ……って、淳也? こんな時間に珍しいな。
スマホを手にベランダに出て、通話ボタンを押す。
「もしも──」
『もしもし葉月!? 助けてくれ!』
「うっさ」
ブチッ。
……あ、やべ。ナチュラルに切っちまった。
と、直ぐにまた着信が入る。
『なんで切るの!?』
「すまん。夜にうるさかったから」
『そ……そうか。うん、ごめん』
……やけに素直だな。変なもんでも食ったか、こいつ?
「で、助けてくれってどういうことだ? 借金の取り立てに追われてるのか?」
『してねーわ。じゃなくて、勉強のことだよ……!』
「勉強?」
なんだ、唐突に何を言うのかと思えば、そんなことか。
あんなに切羽詰まって助けてくれって言うもんだから、事件に巻き込まれてるのかと思ったぜ。
『実は親父から、次の中間試験でいい点取らないとバイト禁止って言われたんだっ。俺からバイトを取ったら何が残るんだよ……!』
「そんな悲しいことを堂々と言うな。否定しないけど」
『そこは否定してほしかった』
事実だし。
『頼む葉月! 最近お前、めっちゃ調子いいだろ? 勉強見てくれ! それかお前のやってる秘密の勉強方法とか、勉強会とかなんでもいい。俺も混ぜて!』
「そんなこと言われてもな……」
俺の勉強方法なんて、雪宮に教えてもらってるくらいしかやってない。
雪宮の教え方がうますぎるんだ。俺は特別なことはしていない。
でもこんなこと、淳也に教えるわけにはいかないし。どうするかな。
窓から雪宮をチラ見すると、こっちを見て首を傾げた。
「……ちょっと待ってろ。後で電話する」
『え、ちょ……!』
電話を切り、ため息をついてリビングに戻る。
なんて説明しようか……。
「ど、どうしたのよ。そんなに神妙な顔をして……」
「いやぁ……雪宮、折り入って相談があるんだけど、いいか?」
「は、はい……?」
改まった態度の俺に感化されてか、雪宮も背を伸ばした。
「実はな、淳也が勉強を教えてほしいって言うんだ。あいつの親父さん、厳しい人でな。中間試験でいい点取れなかったら、バイトを辞めさせられるらしい」
「その電話だったのね。でも学生の本分は学業よ? アルバイトにうつつを抜かしている方が悪いわ」
「正論はな。でも勉強だけじゃ、高校生活つまんないだろ。後先考えずいろんな体験ができるのも、高校生の特権だと思わないか?」
少なくとも、俺はそう思う。
白峰に入って大変な毎日だけど、それはそれで充実してるし。
けどド真面目な雪宮はそうは思わないのか、ちょっとムスッとしていた。
「それで、八ツ橋くんはどうしたいの?」
「もちろん、できる限り手助けしたい。親友だしな」
「……そ」
え、なんでいっそうムスッとしたの?
……あ。
「あ、安心しろ? ちゃんと雪宮とも勉強するし、この時間を蔑ろにするわけじゃないから」
「そうじゃなくて……はぁ、もういいわ」
「見放す言い方、傷つくからやめて」
「あ、違っ。そうじゃなくて……ごめんなさい」
「お、おう……?」
なんか今日の雪宮、おかしくないか?
というか、あのアルバムを見た辺りから……どうしたんだろうか。
雪宮は頭を振ると、小さく嘆息した。
「仕方ないわね……私が二人まとめて面倒見てあげるわよ」
「えっ。……いいのか?」
「ええ。もちろん家じゃなくて、図書室でだけれど。あそこなら今の時期、十八時まで開いてるから」
「……悪いな、急にこんなこと」
「いいのよ。その代わり、私に家事を教える件は少し長めに時間とってもらうわよ」
「……何時まで?」
「そうね。せめて日付が変わるくらいかしら」
んげっ、マジかよ……。まあ勉強は学校で終わらせられるから、問題ないこともないけど。
「はぁ……わかったよ。淳也に電話してくる」
「ええ。明日からね」
いくら家が隣とはいえ、日付が変わるまで女の子を家に置いとくって……今更だけど、いいのかな。
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