第44話 ずるい

   ◆陽子side◆



「…………」

「黒月副会長、どうかしたの?」

「……ふぇ……?」



 あ……いつの間にか、自分の席に戻ってきてたみたい。

 こんなに近くに氷花ちゃんが近付いてきても、まったく気付かなかった……。

 氷花ちゃんは首を傾げ、私のおでこに手を付けて来た。



「ぼーっとしているようだけど、大丈夫? 体調悪いなら、無理しない方がいいわよ」

「だ、だいじょぶっ、だいじょーぶ! 元気だからっ」

「……そう。ところで、八ツ橋生徒会長には今日の放課後のこと、伝えておいてくれたかしら?」



 八ツ橋生徒会長。八ツ橋葉月。はづきち。

 直後、頭の中にはづきちの顔と言葉が思い浮かぶ。



『抑圧されて自分を隠すより、なりたい自分を隠さないで自分らしくいられる。その方が、よっぽどいいと思うけどな』

『親に言われたから。周りがこうだから。当然そういう生き方もありだし、否定はしない。でも……そういう同調圧力に負けて自分を殺して生きるほど、人生は長くないよなって』



 まだ話したいことがあるから戻ろうとしたタイミングで、こんなことを聞いちゃった。

 聞いちゃったのだ。

 ……。

 …………。



「~~~~ッ!!」

「えっ。黒月副会長、顔真っ赤よ……!? というか顔だけななくて、首とか胸とかまで真っ赤なのだけれど……!」

「だだだだいじょうぶだからっ……!」

「とてもそうは見えないわよ! と、徳間保健委員、黒月副会長を保健室へ!」

「は、はいっ!」



 氷花ちゃんと、保健委員の徳間さんが私を連れて保健室へ向かう。

 ただ恥ずかしくて熱が上がっただけだから、本当にだいじょーぶなんだけどな……。

 でもこのままじゃじゅぎょーにしゅーちゅーできないし……一時間目だけ休ませてもらおう。

 保健室の先生に許可をもらい、ベッドを借りる。念のためひえひえシートをおでこに張って。



「黒月副会長、今日の放課後は無理しないでいいわよ」

「だ、だいじょーぶっ。多分寝不足なだけだから、ちょっと休んだら回復するよ」

「そう? 勉強も大切だけど、あんまり無理しちゃダメよ」

「うん、ありがとぉ……」



 優しい……氷花ちゃんがこんなに優しくしてくれるなんて、今までなかった。

 もし体調を崩したら、いつもなら「体調不良は本人の自己管理がなっていないだけよ」とか言うのに。

 元から可愛いけど、最近また可愛さに磨きがかかっているような気がするし……最近何かあったのかな。

 氷花ちゃんと徳間さんが保健室を出ていく。

 先生も、これから職員会議らしい。

 一人だけ取り残された保健室。

 頭の中を空っぽにして寝なきゃいけない。じゃないと、氷花ちゃんに心配かけちゃう。

 それはわかっているけど……頭の中は、ずっとはづきちのことばかり。

 私が欲しかった言葉を、私がいないところで言うなんて……。



「……ずるい。はづきちのくせに」



 なんか腹立って来た。はづきちめ。

 確かに昔から大人っぽかったし、頼りにはなったけど……あんなことをサラッと言うふうに育つなんて思わないでしょ。

 はづきちの家庭環境を思うと、それも必然なのかもしれないけどさ。

 むぅ……でもダメ。一言文句言わなきゃ。

 スマホをぽちぽちいじり、はづきちに「ばか」「あほ」「すかぽんたん」とメッセを送った。一言どころか、三言くらいになったけど。

 これでよし、ちょっとすっきり。

 ちゃんと気持ちを切り替えるため、スマホを機内モードにして、ウチは眠りについた。



   ◆葉月side◆



 ホームルーム中。ぼーっと先生の話を聞いていると、不意にスマホが震える。

 誰だよ、こんな時間に……。

 机の下でスマホを開くと……黒月からのメッセだった。



『黒月:ばか』

『黒月:あほ』

『黒月:すかぽんたん』



 ひどくね? なんで急にディスられてるの、俺。

 ええ……俺、黒月に変なこと言ったかな。

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