第33話 家族
だけど、一つ気になることがある。
「あの、どうしてこのことを俺に?」
俺と親父さんは、昨日が初対面。こんな重いことを話すような仲じゃない。
というかこんなことを話されても困る。どう反応していいの、これ。
またもきょとんとした顔をする親父さん。
腕を組み、口元を手で隠した。
「ふむ。どうして……どうして、か。どうしてだろうな」
「いや知りませんけど」
「理由と動機か。なんとなく……予感……いや、確信? ふむ、この言葉が一番合うか」
親父さんは真っ直ぐ俺を見ると、顔を綻ばせた。
まるで、息子を見るような……そんな顔だ。
「娘が、君を信頼している。君を信用している。だから私も、君を信じて話をした。確信をもって、君はいい人だと思った。……これが理由だ」
「そ、そんな。俺、氷花さんに信じてもらえるほどの人間では……」
「そう思っているのは、八ツ橋さんだけだがな」
そんなことを言われても、俺は雪宮から信じられているとは思っていない。
そもそも、あいつがそんな簡単に人を信じるとは思えないし。
けど……少なくとも、親父さんは俺を信じて話してくれた。
なら俺も、それに応えなきゃいけない。
「八ツ橋さん。娘のこと、これからもお願いします」
「……はい、任せてください」
勿論、生活の範囲内としてな。
それ以上の理由はない。わかってるさ、そんなこと。
親父さんと話が膨らんでいると、いつの間にか結構な時間が経っていた。
猫の時計が「にゃ〜」と鳴き、十二時を知らせる。
と、丁度その時。雪宮が皿にこんもりと持った肉じゃがを持ってきた。
「お、お待たせしました……!」
雪宮はまだ緊張してるみたいで、動きがぎこちない。
肉じゃがと合わせて、ご飯も盛ってきた。
それこそ山のようというか。例えるなら日本昔ばなし盛りだ。
おい、こんなに食えってか。
さすがに、親父さんもこんなには食えないだろう。
チラッと親父さんの方を見る。と……どこか懐かしむような目で、肉じゃがを見つめていた。
「肉じゃがか……」
「ええ。……嫌いだった?」
「いや……好物だ」
「……そう」
…………。
うーん、気まずい。
さっき俺と話してた時は和やかな感じだったのに……やっぱりこの二人、仲悪いんだな。
いや、仲悪いというより、雪宮は親父さんに苦手意識を持っていて、親父さんはどう接したらいいのかわからないって感じだ。
「いただきます」
「ど、どうぞっ」
親父さんは手を合わせ、おもむろにジャガイモへと手を伸ばす。
そして……食べた。
目を閉じ、味わうように
もぐ、もぐ、も……。
そこで何を思い出したのか、急に親父さんは目を見開いた。
「……甘い……」
「え? そんなはず……ぅ」
雪宮も一口食べると、眉間に皺を寄せた。
どれ、俺も。……うぐっ、甘……!
なんかもう、砂糖とみりんの分量間違いすぎだろってぐらい甘い。どんだけ甘いんだこれ。
「ゆ、雪宮っ、味見は……!?」
「ぁ……わわわっ、忘れ……!」
このお馬鹿! 味見しろっていつも言ってるのに……!
まずい、これじゃあちゃんと料理ができてない認定されるっ。
そうなったら雪宮は、帰りたくもない家に連れてかれて……!
「あ、あのですね、雪宮のお父さん。これはその……!」
「…………」
「……あの……?」
親父さんは無言で飲み込み、肉を口に入れると米を頬張る。
まるで、何日も食事を取ってなかったかのようながっつき具合に、俺も雪宮も目を見張った。
「……肉じゃがは、私の好物だ。……氷花。お前の母が私に最初に作ってくれた料理だから」
「お母さんが……?」
「そして……この甘さの失敗も……ッ……!」
ぁ……涙……。
当時のことを思い出し、涙する親父さん。
大の大人とか、男とか、親とか……そんなこと関係ない。
ただ一人の人間として、思い出の味に涙を流す。
脇目も振らず、ただ一心に肉じゃがと米を頬張る姿は……なんとなく、美しく思えた。
そんな親父さんを初めて見たのか、雪宮は呆然としていた。
「雪宮、大丈夫か?」
「……ぇ、ええ。……お母さん……私と、同じ失敗を……」
「……おい、お前こっち座れ」
「え、でも……」
「いいから」
席から立って、親父さんの対面に雪宮を座らせる。
雪宮は不安そうに俺を見上げるが、俺は大丈夫と言い聞かせるように頷いた。
「雪宮、今は黙って飯を食おう。な?」
「……うん。……いただきます」
手を合わせた雪宮も、肉じゃがに手をつける。
一口食べ。二口食べ……雪宮の目からも、涙が溢れた。
鼻水をすすり、肉じゃがを頬張っては米を掻き込む。
義母に躾られた上品な食べ方ではない。
でも、こういう食べ方だっていいじゃないか。
今だけは、家族水入らずなんだから──。
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